第21章 箱庭金魚✔
「今は、お昼時で…お、お外、ですし」
「怖いなら、無理強いはしないから」
益々色付く千寿郎の顔の赤みを止めたのもまた、蛍の言葉だった。
「でもそうじゃな」
「っ怖く、ないです!」
遮るようにして声を上げる。
千寿郎の剣幕に、ぱちりと蛍の目が瞬く。
「あ、すみません大声出して…っでも、怖くありません。蛍さんのこと」
よくよく振り返れば、千寿郎でも気付けたことだ。
言葉では遠慮なく踏み込んでくる蛍だが、意識的に触れられたのは槇寿郎の下へ酒の片付けに向かった時と、夜の廊下で両手を握られた時だけだった。
意図的に千寿郎を引き止める時しか触れてはいない。
鬼であることを軽く話しはするものの、その境界線を蛍は軽々しくは越えてこない。
だからこそ。
「全然、怖くありませんから」
顔は高揚で赤くさせたまま。
それでも目線を逸らすことなくはっきりと告げる千寿郎に、蛍は眉尻を下げてはにかんだ。
「ん、」
大切な花束は潰さないように。片手で握ったまま、目の前の小さな体へと抱き付く。
ぽすりと蛍の顔が千寿郎の胸に収まる。
どう反応していいのかわからず、ぎこちなく固まってしまう千寿郎に構うことなく、言葉通りにぎゅうっと抱きしめた。
「ありがとう」
鬼の自分を怖がらずにいてくれたことも。
家族として迎え入れてくれたことも。
祝福の花束も。
「ありがとう、千寿郎くん。…ありがとう」
一言では伝えきれない感謝を幾度となく述べる。
胸元でくぐもりながらも届く小さな声は、千寿郎には何故だか震えているようにも聞こえた。
「蛍さん…」
一度躊躇した後、意を決するようにして。そっと頭を抱くように千寿郎も腕を回す。
幾度となく経験してきた、兄の強くも優しい抱擁とは違う。
自分より大きな体をしているはずなのに、細く感じる腕も、華奢に見える肩も、腕に収まってしまう頭も、か細い声も。
他人の心無い言葉に揺さぶられる程、狭い足場に立っている蛍のその心も。
不思議と、守らなければと思ったのだ。