第21章 箱庭金魚✔
「ご婚約、おめでとうございます」
千寿郎の祝福の言葉に、煌めきを映す蛍の瞳が見開いた。
「あ、父上にはまだ話が通っていないとは聞いているのですが。でもお二人が認め合っているなら、婚約祝いでもいいかなと…」
「…本当、に?」
「え?」
「本当に、いいの?」
差し出された花束を受け取ることなく、驚いた眼差しを向ける。
蛍のその目に映る千寿郎の笑みは、とても穏やかなものだった。
「初めて見たんです。兄上が、あんなにも幸福そうな顔で家族以外の人を見つめる姿を。それだけで私には十分です」
理由など多くは要らない。
それだけで十分だと告げる千寿郎の柔らかな瞳に、映っている者は他ならぬ自分なのだと。
「兄上の所へ来てくださって、ありがとうございます」
そう、実感すると。
喉が震えた。
「…っ」
「…蛍さん?」
「……」
「…え、と……本当は、もっと立派なお花にしたかったんですが…先立つものが……その、気持ちは込めましたからっ」
黙り込んでしまった蛍に、弁解するように千寿郎がおろおろと言い訳を零す。
その言い訳さえも胸に響いて沁みゆくようで、鼻の奥がつんとする。
「今まで、異性の人から貰ったお花で、いちばん」
「え…」
「千寿郎くんのお花が、いちばんうれしい」
日傘を傍らに置くと、そっと両手で小さな花束を受け取る。
顔の傍に寄せれば、先程杏寿郎に見せて貰った菊や桔梗に比べほのかにだが香る。
優しい花束だ。
「ぁ…蛍、さん。傘を…」
「大丈夫、此処なら。千寿郎くんが、木陰を選んでくれたから」
青々とした葉を褪色させゆく銀杏の下で、小さな花束の香りを胸いっぱいに吸い込む。
優しい香りに自然と頬が緩む。
なのに鼻の奥はつんとしたまま、今にも零れ落ちてしまいそうな気がした。
感情の雫が。
「…千寿郎くん」
「はい」
「ぎゅって、してもいい?」
「は…え?」
花束に目を向けたまま告げる蛍の唐突な問いに、千寿郎の顔に赤みが差した。