第21章 箱庭金魚✔
「ここに座ってください。花は預かりますね」
「うん…」
「顔色、まだ悪そうですね。曇り空ですがやはり体調に響くのでしょうか」
「…千、くん」
「はい」
花屋を通り過ぎ、道角を曲がり、杏寿郎達が視覚から消えた所で、千寿郎は大きな銀杏の木が日陰を作る長椅子に蛍を座らせた。
日傘を蛍に持たせる代わりに、抱いていた花束は受け取り隣に置く。
己は腰を落ち着けることなく優しく声をかけてくる様に、蛍はぽつんと問いかけた。
「さっき…私を、呼んだの?」
聞き間違いはしていない。
確かに目の前の少年は、はっきりと「姉上」と呼んだ。
「すみません、急に大きな声を出してしまって。蛍さんの様子が、不安に思えて…つい」
「それは、いいの。ごめんね。私も周りが見えてなくて」
「いいえ、蛍さんが謝ることではありません。伊武家の奥方様も、少し言い過ぎかと思いましたし。煉獄家を繋いでいく使命は確かにありますが、それは長男だけでなく次男の私にだってできること。…弟としての立場なら、私は兄上の心のままに好いた相手と添い遂げて欲しいと思っています」
好いた相手、と告げる千寿郎の瞳は真っ直ぐに蛍を見つめている。
その様に、蛍の中で予感が確信へと変わる。
「…知って、いたの…?」
「はい。昨夜、兄上から告げられました」
椅子に座る蛍と、その前に立つ千寿郎とでは、幼い彼の目線が上となる。
下から見上げる千寿郎の表情は、よく見えた。
「本当は、母上の前で告げるつもりだったんですが…」
そわそわと両手を膝の前で握り合わせた後、千寿郎が身に付けていた風呂敷から取り出したのは、桔梗よりも小さな花束だった。
菊や桔梗のように一種の花でまとめられた花束とは違い、色とりどりの花が咲き誇っている。
白薔薇、スターチス、千日紅(せんにちこう)、カスミソウ。
二輪の白薔薇を中心に囲うように飾られた小さな花々は、本数も少なく片手に収まるような花束だ。
白に紫に黄にピンク。多彩な色味が、蛍の擬態した暗い瞳の中に映り込む。
まるで生きた煌めきを届けるかのように。