第21章 箱庭金魚✔
「兄上。姉上の顔色が優れません。お話の途中で申し訳ありませんが、近くで休ませてきます」
「…千…」
「失礼致します」
蛍の手を握ったまま、千寿郎が落ち着いた声でその場の皆に頭を下げる。
八重美にも静子にも、そして杏寿郎にも何も応えさせないまま、日傘を蛍の頭上に差して歩き出した。
「千、くん」
「今は私について来てください。ゆっくりでいいですから、無理はしないで」
「…っ」
千寿郎に手を引かれ、覚束ない足取りで蛍も去っていく。
そんな二人の姿を唖然と見送っていたのは、杏寿郎だけではなかった。
「姉…? 今、なんと?」
聞き間違いかと頸を傾げる静子の目に、今度は僅かな動揺の色が見える。
驚きの眼差しを向け続けていた杏寿郎は、ふと一呼吸置くと。口元にやんわりと笑みを浮かべた。
「聞いた通りです。千寿郎にとって、彼女は義姉なので」
「もしかして杏寿郎さんの心に決めた女性とは…」
「ええ」
再び静子と八重美に目を向ける。
例え煉獄家の嫡男としての覚悟が足りないと言われようとも、考えを覆す気はなかった。
生半可な想いで蛍の手を取った訳ではないのだ。
彼女もまた、全てを投げ打ってでも自分との未来を選んでくれた。
その覚悟は肩書きなどでは埋まらない。
この先二度と出会えないものだ。
「彼女が、生涯をかけて添い遂げたいと誓った女性です」
だからこそ。
決して、離してはならないと。