第21章 箱庭金魚✔
そんな八重美に向ける杏寿郎の顔も、今までの村人相手とは違って見えた。
弾けるような快活な声は飛ばさず、柔らかい語尾で話している。
一字一句にも丁寧さが伝わってくる。
「それはそうと、八重美さんが洋服姿とは珍しい」
「似合い…ませんか? 母が、新しい文化に染まることも大切だと…」
「いえ、よく似合っています」
「本当ですか?」
恥ずかしそうにスカートの端を握り、杏寿郎が褒めれば花が咲くように笑う。
(…あ、れ)
同じ女性だからわかる。
杏寿郎に向ける視線、声色、仕草、心遣い。
そのどれもが好意の色に染まっている。
(もしかして、この人──)
「八重美さん」
じっと観察するように蛍が見つめていれば、八重美の後ろから更に凛とした声が響いた。
八重美に似ているが、厳格さも加えたような女性の声だ。
「急にいなくなられては困ります。子供のように駆け回らないで下さいな。みっともない」
「お母様! す、すみません」
背筋を伸ばし両手を膝の前で重ね合わせたまま、着物姿の年配の女性がその場に立っていた。
どことなく目元は八重美に似ているが、硬い表情が親近感を匂わせない。
「一体何を見つけて…?」
その目が杏寿郎を見て変わった。
「まあ、杏寿郎さん。お戻りになられていたのですね」
「お久しぶりです」
「ええ。いつもお勤めご苦労様です」
深々と頭を下げる杏寿郎に、姿勢を崩すことなく頭を下げる女性の顔に明るさが宿る。
「八重美さんが駆けてしまうのも納得ですわ。杏寿郎さんがいたのではね」
「お、お母様…」
「あら。本当のことでしょう?」
口元を袖で隠しながら笑う母に、八重美の頬がほんのりと赤く染まる。
否定はせず視線を足元へと落とす。それが蛍には決定打だった。
(やっぱり。八重美さんって、杏寿郎のことを…)
「そちらのお嬢さんは、どなたですの? 見かけないお顔ですが」
急に話を振られて思考は中断した。
寄り添うように杏寿郎の傍に立っていれば、意識されても当然だ。