第21章 箱庭金魚✔
視界いっぱいに広がる菊と桔梗は、蛍の顔を簡単に埋め尽くしてしまいそうな程だ。
肺に空気を吸い込めば、花々の香りが胸いっぱいに届く。
自然と表情を綻ばせる蛍に、杏寿郎も目尻を緩めた。
藤の花を前にすると毒を受けたかのような反応しかできなかった蛍だからこそ、尚も目も緩むというものだ。
「では日傘は俺が差しておこう」
「え。でも」
「両手に花を抱えていては一人で差せないだろう? 傍に」
「…うん」
さり気なく蛍の腕から取り上げた日傘を差して、手招きをする。
小さな日傘では余程密着しなければ、蛍の体を曇り空から隠してはくれない。
寄り添うように佇めば、手は繋いでいなくともまるで慕い合う仲のようだ。
感じる羞恥を払うように、蛍は腕の中の花々に視線を落とした。
「この花、なんて言うの? これは菊だよね」
死人を慈しむ際によく用いられる菊は蛍も知る花だったが、青紫色の花は知らない。
五枚の花弁を星型に重ねた可愛らしい花だ。
「それは桔梗(ききょう)だ。母上が好きな花だったからな」
「そうなんだ。可愛い花だね、色味も綺麗。菖蒲(あやめ)と似てるけど、少し違う色」
「菖蒲を憶えてくれていたか」
「うん。だって杏寿郎の花だから」
菖蒲も桔梗も、蛍の目には優しく映る。
幻想的な美しさを持つ藤花とは、異なる美しさを持つ花々だ。
「不思議だよね。藤の花とも似た色味をしてるのに、匂いも感じ方も全然違う。…菖蒲も桔梗も落ち着くから、好き」
そうっと桔梗に顔を寄せて愛でる蛍は、鬼とは程遠い普通の女性に見えた。
その姿に杏寿郎が静かに魅入っていれば、はたと上がる視線と重なる。
「そういえば千寿郎くんは?」
「ああ。千寿郎なら、あそこに──」
「杏寿郎様?」
花屋から出てくる千寿郎を指差した時、重なった。
物静かでいながら、凛と響くような高い声と。
「やっぱり。杏寿郎様でした」
それは一人の、見知らぬ若い女性だった。