第21章 箱庭金魚✔
「蛍」
「……見た?」
「? 何を」
「子供。…の、ようなもの」
「ようなもの?」
「多分…身形は、貧相な感じの子で」
「いや…俺が声をかけた時、此処には君しかいなかったが」
(私だけ?)
杏寿郎の目を搔い潜って逃げたというのか。
鬼でないただの子供が、そんな芸当をできるはずがない。
(じゃあ、さっきの子供は一体…)
やはり鬼だというのか。
だとしたら突然姿を消したのは、血鬼術によるものなのか。
血の臭いはもうしない。
小鳥の掠れた鳴き声も、子供の足跡も、もう何もない。
まるで先程の出来事は夢かと思えるように全ては消えていた。
気配の名残り一つ、残さずに。
蛍は呆気に取られるまま、行き止まりの壁をただ見つめていた。
「その子供に、何か気になることが?」
貧相な子供を見ただけにしては、蛍の抱える空気は緊迫している。
その様子に傍らに立っていた杏寿郎の双眸に鋭さが宿る。
「上手く、言えないけど。人間らしくなかったというか…」
「鬼か」
「それも、よくわからない。ただ常人離れしていただけかもしれないし…」
「ふむ。調べてみない手はないな。要に周りを捜索させてみよう。それでいいか」
「うん。ありがとう」
墓参りを急遽止めるにしても理由が弱い。
念の為に鎹鴉を飛ばしておこうと、現時点での最善を提案する杏寿郎に蛍も一つ返事で頷いた。
「しかし京都でのことといい、君は本当に不可思議なものを見つけるのが得意だな」
「あ。そういうこと言わないで。あの子はお化けじゃありません。多分」
「はははっ。俺は一言もそんなこと言っていないぞ?」
「言ってます目が。その目がとても」
指笛で呼んだ要に捜索を頼んだ後、ふと肩の力を抜いて杏寿郎は明るく問いかけた。
その声につられるように、蛍の表情も強張りが解けていく。
裏路地の出口へと向かいながら、杏寿郎は「そうだ」と蛍の腕の中に目を向けた。
そこには要を呼ぶ際に預かってもらった花束が二つ。
「その花束は君が持っていてくれないか。それくらいなら重みもないだろうし」
「いいよ。とっても良い匂いだし」