第21章 箱庭金魚✔
(なんだろう…人?)
曇り空の所為で、抜け道のない路地裏の奥は更に暗かった。
蛍が見つけたものは、目を凝らせばぼんやりと見えてくる。
人影だった。
ごみ捨て置き場の傍らで、背を向け蹲っている。
何かを持って忙しなく顔を動かしているのは、ごみを漁っているのだろうか。
賑やかさに圧倒されていたが、この村には孤児も存在するのか。
そんな思いで蛍は一歩奥へと踏み出した。
近付けばよりわかる。
それは小さな子供だった。
身の丈に合っていない、穴だらけのボロ雑巾のような着物を引き摺っている。
千寿郎より更に頭一つ分小さな体を縮ませて、頭を揺らしていた。
「…た、ぱた…ぱた、」
幼子のような拙い声は、言葉を発してはいなかった。
蛍には理解できない擬音語を口にしながら、一心に目の前のことに集中している。
「ちく、ぱ。ぴぃ。ちく」
これが大人だったなら、声をかけることに躊躇ったかもしれない。
だが相手は小さな子供。
それも孤児となれば、十分な言語も学んでいない可能性がある。
何故見ず知らずの子供に声をかけようと思ったのか。
孤児だからか。
奇怪だったからか。
それは、恐らく。
「あの…」
臭いがしたからだ。
「こんにち、は」
嗅ぎ慣れた、血の臭いが。
「ぴ…」
ぶつぶつと呟いていた擬音語が止まる。
すると間を置かず、子供は振り返った。
(え)
血の臭いがした。
子供自身が傷付いているのか、他の何かか。
どちらであれ対応できるよう予想はしていた。
血には慣れている。
それくらいで怯みなどしない。
それでも蛍は咄嗟に声を上げられなかった。
振り返り見上げた子供の顔から、目を逸らせずに。
子供には顔がなかった。
否、それとおぼしきものはある。
目。鼻。口。
しかしそれらは全て、蛍の知る人の形を成してはいない。
鼻は右の額に。
口は左頬に。
右目は顔の中心、左目は顎に。
年明けに興じる"福笑い"のように、子供の顔を下地に身体機能部位が歪に張り付いていたのだ。
「…っ」
息が詰まる。
福笑いとは天と地の差がある、悍(おぞ)ましい姿だった。