第21章 箱庭金魚✔
「…瑠火さん、とてもお洒落だね。十年も前の物なのに、どれもとても綺麗で。大切に扱っていたことがわかる」
「それもあるだろうが、母上は着飾ることをあまりしない人だったからな。稀に父上と二人で都心に出掛ける際に、身に付けていた衣類だ。数える程しか俺は見たことがない」
「そういえば二人で能楽を観に行ったりしていたって。千寿郎くんから聞いたけど」
「ああ。仲睦まじい夫婦だったと、息子ながら思う」
「へえ…素敵だね」
恋仲となってからというもの、さりげない仕草や言動に愛情が見え隠れしていた杏寿郎を思い出して、蛍は納得と顔を上げた。
異性関係に慣れている訳でもないのに、何故こうも自然に寄り添えるのかと最初は疑問に思っていた。
もしや身近な家族がそんな間柄だったのかと予想したものは、外れてはいなかったようだ。
やはり杏寿郎の目には、父も母も愛に満ち満ちた夫婦に見えていたのだ。
「兄上。準備ができました」
「うむ! 忘れ物はないな?」
「はい」
荷造りを終えた千寿郎が、最後にきちんと戸を閉めて出てくる。
「千寿郎くん、私荷物持つよ」
「曇りとは言ってもお昼時ですし。蛍さんはご自身の体を第一に気遣ってください。私は大丈夫です、これでも鍛えてますから」
手桶以外は、風呂敷にまとめられる程の小物ばかり。
笑顔で小さな拳を握る千寿郎の言葉は真っ当だ。
鬼の最大の天敵とも言える太陽が、空を支配する時間帯。
千寿郎の優しさに素直に甘えることにした蛍は、両手で細い日傘の手元を持つと慣れないブーツで踏み出した。
「…む…亀のような足並みだな…」
「ブーツって初めてで…カナヲちゃん、よくこんなの履いて走ったり跳ねたりできるよね…凄い」
「一度慣れれば歩き易い履物らしいぞ」
「じゃあ、慣れるように頑張る」
「うむ、良い心掛けだ。ならばそれまでは俺が手を引こう」
手桶を持つ手とは反対の手を差し出してくる。
杏寿郎のその姿に、蛍は一瞬躊躇した。
番傘より遥かに小さい日傘の面積は、人一人分。
心遣いはありがたいが、その外に手を出すことに臆してしまうのだ。