第21章 箱庭金魚✔
「髪は下ろしたんだな」
「念の為に。頸回りは下ろしていた方が、日除け対策になるかなと…」
「成程。実用性のある髪形という訳だ」
よく玉簪でまとめていた髪は、寝入る前は蛍も自由に散らせている。
しかし両サイドから緩めに捻り上げた髪を真後ろでざっくりと三つ編みにまとめて下ろしているハーフアップは、初めて見た髪形だ。
感心気味に杏寿郎が頷けば、蛍は人差し指で手持ち無沙汰に頬を掻いた。
「実は…杏寿郎の髪形を参考にしてみました」
「俺の?」
「うん」
「俺は日除け対策でこの髪形をしている訳ではないが…」
「…うん」
頸を傾げる杏寿郎を直視できず。そっぽを向くように視線を逸らして、蛍はこほんと咳をついた。
(お揃いにしてみたかったから。とか言えない)
こんなにも華やかな衣服に着飾ることを許されて、つい遊び心が弾んだ結果だ。
此処に蜜璃がいたなら、盛大な胸きゅんを鳴らしていただろう。
「ふむ。理由は別として、蛍は手先が器用だな。俺と君とでは髪型もまるで別物だ」
「そうでもないけど…こういうことは人間の頃に度々やってたし」
己を着飾る方法は、いくらでも仕込まれてきた。
曖昧にでも頷けば、感心気味にまじまじと見ていた杏寿郎の目が緩やかに細まる。
「成程。髪型同様、愛らしい趣味だな」
「そうかな」
「ああ」
蛍の肩で寝そべる髪を一房掬うと、杏寿郎の手は流すようにさらりとそれを梳いた。
「こうして見ると随分とハイカラなお嬢さんだ。まるで帝都に咲く花のようだな」
(…お嬢さん)
凡そ自分には似ても似つかない例えに、ぱちりと目を瞬く。
それでも変わらない杏寿郎の優しい視線に、蛍の顔は俯いた。
「…そう、かな」
二度目のそれは、少し返事が遅れてしまった。
そわそわと胸が落ち着きなく弾むのは、素直に嬉しさを感じたからだ。
艶やかな花街の女とは違う。
都心で見かけては密かに憧れていた、あの爽やかな華やかさで着飾った彼女達に少しは近付けたのだろうかと。