第21章 箱庭金魚✔
「しかしいつにも増して足踏みしているな。このくらいの曇り空なら普通に歩けるようになっただろう?」
「いつもの恰好なら、ね。着慣れないものだし、使い慣れない日傘だからつい…あ、貸して貰えたのは凄く助かったよ。ありがとう」
「うむ! だが礼など不要だ。寧ろこういう機会がない限り、日の目は見なかった衣類だ。思う存分活用してくれ。なんなら蛍に全てやってもいいんだが」
「いやいやそれは流石に。図々し過ぎるというか。槇寿郎さんに怒られるというか。というかよく考えたらこの格好でいきなり瑠火さんに挨拶とか失礼なんじゃ…っ」
「蛍、蛍。落ち着け」
ありがたそうにも申し訳なさそうにもくるくると表情を変える蛍の肩に手を置きながら、杏寿郎は苦笑した。
それだけ母のことを重んじていてくれるのだろうと思えば、悪いことではない。
それでもそんなに謙遜しなくても、とも思うのだ。
「君と母上は違う。同じ格好をしたからと言って、俺の目に映る何かが変わる訳じゃない」
母の面影を追い求めて、蛍を慕った訳ではない。
今回の行為は全て、蛍の為になるならと取ったものだ。
「だが、とても似合っている。綺麗だ」
その上ですんなりと本音を口にすれば、蛍の頬がほんのりと色付いた。
そんな頬の赤らみも昼間の方が、よりわかる。
些細だが嬉しい変化に、尚の事杏寿郎の顔は綻んだ。
何かと動き易いからと、寝着以外では袴姿が多かった。
そんな蛍が今は、優しい色合いの着物姿をしている。
淡い撫子色の生地の上で、色とりどりに花咲く天竺牡丹(てんじくぼたん)。
その着物の下にはレース襟の付いた洋風の黒い中着を着込み、首元を隠している。
袖から覗く両腕もレースの長手袋を身に付け、足元は納屋に仕舞ってあった編み上げブーツを試しにと出してみれば、蛍の足にはぴったりだった。
白地に黒いレースがぐるりと縁を飾る可憐な日傘を手に佇む蛍の姿は、一変していた。
この時代にも、まだよく見かける着物姿でもなく。
西洋文化を取り入れ、徐々に増えてきた洋服姿でもなく。
和洋折衷の織り成す姿は、大正浪漫そのものだ。