第21章 箱庭金魚✔
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雨よりも晴れの日が好きだ。
雨が降れば外での鍛錬はまずできない。
衣類や草履が汚れる機会も増え、その分身嗜みや片付けにも手間取ってしまう。
天日干ししたふかふかの布団も、微睡みたくなるような心地良い陽だまりも、雨上がりに見る目が冴えるような鮮やかな虹も。
陽が世界を照らしてくれているからこそ感じられるものだ。
「うむ。良い天気だ」
真夏の強い日差しでも、春を感じさせる柔らかな日差しでも、凍える四肢に束の間の安堵をくれる冬の日差しでも、なんであれ好きだった。
しかし今、満足そうに笑みを深めて杏寿郎が見上げる空には分厚い秋雲が覆っている。
本来なら明るいはずの秋の昼間を、少しだけ薄暗く変えてくる。ぱっとしない灰色の空。
晴れの日が好きだ。
それでもいつからか、ほのかな陰りを見せる曇り空が好きになった。
(いつからか、でもないな)
明確な答えは既に自身の中にあると言うのに。
柄杓の入った手桶を片手に、くすりと笑う。
理由など更に簡単だ。
「蛍さん、大丈夫ですか?」
「うん。皮膚が出ているところは、ない。大丈夫」
「兄上がこれをと。母が使っていた日傘です」
「わ、こんなものまで? ありが…ちっさい!」
玄関の中から賑わう二つの声。
待ち望んでいた声に、煉獄家の長屋門の前に立っていた杏寿郎は振り返った。
「凄くお洒落で使い勝手良さそうだけど、その…小さくないかなこれ…」
恐る恐る曇りガラスの張った引き戸から出てくる。
小さな婦人用の日傘を差した蛍の姿に、杏寿郎は自然と目尻を緩ませた。
空は冴えない天気。
肌を温めてくれる日差しも、目を奪われるような晴天もない。
「お待たせ、しました。時間かかってごめんね」
小さな日傘の下から踏み出さないよう、短い歩幅で歩み寄ってくる。
それだけでふぅと一息つきながら見上げてくる蛍に、杏寿郎はやんわりと頸を横に振った。
「いや」
いつもは月明りや行灯でしか感じられない、蛍の肌や髪や瞳の色を見ることができる。
人として太陽の下で生きていた蛍本来の色を、知ることができるのだ。
「待たされるというのも案外悪くないものだな」
だから曇り空が好きだ。