第21章 箱庭金魚✔
優しくも言い聞かせるような杏寿郎の指摘に、はっとした千寿郎が慌てて蛍へと頭を下げる。
その柔軟さや他人の心に寄り添える優しさに、蛍もほっと顔を綻ばせた。
(昨日杏寿郎に噛み付いてしまったことは、絶対言わない方がいいな…)
心の中では強い決意を抱いて。
「ならばこの話は終わりだな。蛍、出血はもうないな?」
「うん。あちこち汚れちゃったから、もうこれ洗わないといけないけど…大事な一張羅だし」
「蛍さん、お召し物はそれだけなんですか?」
「まぁ。私物はこれだけかな。寝間着とかは全部その場で借りてたものだし。だから千寿郎くん、悪いけどこれ洗ってる間、また着物を借りていてもいいかな」
「それは…はい。構いませんが、」
袖だけならまだしも、袴にまで点々と血痕は残っている。
これは一度全て洗わないとと苦笑すれば、まじまじと目を向けていた千寿郎が不意に兄へと視線を移した。
「兄上」
「うむ。そうだな」
「? 何?」
ふむ、と考えるように頷く杏寿郎に、何事かと頸を傾げる。
「いや。今から外出をしようと思っていたからな。蛍にもついて来て欲しい所だ」
「外出?」
「元々蛍は連れていくつもりだった。今年は盆に帰省できなかったから、千寿郎も共に行こうと」
(──あ)
何処に、と問いかける前に、杏寿郎のその言葉と表情で理解した。
父である槇寿郎には挨拶をしたが、まだ一人挨拶を済ませていない相手がいる。
杏寿郎にとってとても大きな存在を成す、彼女には。
「母上の処に」