第21章 箱庭金魚✔
「相手は下弦の弐。俺が炎柱に昇任する礎となった戦闘だった」
柱に昇任する条件の一つに、階級が最上の甲(きのえ)である隊士が十二鬼月を倒すというものがある。
煉獄という名に固執し復讐だと殺しにかかってきたその鬼は、帝都東京に幾つもの爆撃を落とし現れた。
その討伐を耀哉から命じられていた杏寿郎の手で、頸を斬るに至ったのだ。
「名は佩狼(はいろう)。影も扱う鬼だったが、主に銃器を武器として扱っていた」
「…珍しいね。杏寿郎が誰かの名前を覚えているなんて」
隊士であっても名前を間違えることは日常茶飯事。
その杏寿郎が、かつて斬首した鬼の名を覚えていようとは。
驚きの眼差しを向ける蛍に、杏寿郎は感情の見えない静かな表情を向けた。
「相手は大勢の人の命を奪った鬼だ。そこに同情も慈悲もないが、頸を斬る最後の瞬間には一人の武士として俺と向き合っていた」
あの時は何故佩狼が復讐だと叫んでいたのかわからなかったが、後から考えてみれば代々炎柱を繋いできた家系のこと。
恐らく自分ではない過去の炎柱に手傷を負わされた経緯でもあったのだろう。
もしかしたらそれは、父である槇寿郎の手によるものだったのかもしれない。
代々繋いできた焔色の髪や容姿に憤怒し、嫌悪し、最後には己の中にある恐怖に打ち勝ち「武士として」と刀を構えていた。
全身に影を纏った佩狼の姿は人らしかぬ異型ではあったが、快楽にしか興味のない鬼ではなく、人間の感情そのものに思えたのだ。
「しかし佩狼の術に他者の影へ影響のあるものはなかったし、記憶を探られたこともない」
佩狼の影を扱う術は、影の中に大量の武器を忍ばせること。
自身の体に纏った影で、日輪刀の刃を防ぐこと。
そして名の通りの狼を連想させる獣を、出現させることだった。
「初めて蛍の影鬼を見た時は、佩狼を連想もさせたが…やはり違うな。別物だ」
手元に握ったままの家族写真へと、視線を戻す。
もし悪鬼の術であれば、こんな薄い紙きれ一枚、簡単に消されていただろう。
異様な影沼へと飛び込んでいった実弥や引き摺り込まれた無一郎もまた、無事では済まなかったはずだ。
しかし千寿郎がこっそり持ち出す程に大切な思い出は傷一つ付いておらず、実弥達も無傷で生還した。