第21章 箱庭金魚✔
「昔、うちの写真冊子から見つけたんです。手元に持っておきたくて…つい、持ち出してしまって。すみません」
「なんだ、そんなことか。謝るな千寿郎。何も悪いことはないぞ」
「兄上…」
「俺もこの写真がとても好きだ。お前はまだ赤子だったから憶えていないだろうが。泣かせてしまった俺に代わって、父上がお前を抱いてあやしてくれてな」
懐かしむように優しい笑みを浮かべて語る杏寿郎に、蛍は一人耳を疑った。
想像できないことはない。
だがそれを"知っていた"からだ。
「…千寿郎くんを、兄として守るって…」
「ああ、そうだ。初めて父と母に誓った日でもあった。よくわかったな、蛍」
(…見えたからだ…違う、聞こえた?)
知らない少年の声は、よくよく思い出せば杏寿郎に似ていた気もする。
「……感じたから」
視覚。聴覚。何が反応したのかよくわからない。
それでも確かに、蛍はそれを知っていた。
「写真を手にした時に…知らない人達の、知らない時間を、感じた気がした」
知らないはずなのに知っていた。
瑠火の静かで聡明な声も。
槇寿郎の子を思いやり包み込むような優しさも。
そんな二人に愛されていた、幼くも真っ直ぐな輝きを持つ杏寿郎の瞳も。
「感じたとは、どのように?」
「よく、わからない。朧気な感じで、頭に入ってきたから」
「…ふむ。過去節分で影沼を発動させた時も、似たような現象が起きていたな」
太陽光を浴びた蛍から噴き出した、巨大な影の沼。
そこに飛び込んだ実弥は蛍の過去の記憶に触れ、無一郎は自身の失くした記憶の欠片に触れた。
己の顎に手をかけると、杏寿郎は考え込むようにじっと蛍の姿を頭から足先までを捉えた。
「昨夜ワインを俺の前から持ち出せたのは、己の影に忍ばせていたからだと言っていたな」
「う、うん」
「影に忍ばせる…?」
「?」
杏寿郎の指摘に反応を示したのは蛍だけではなかった。
何か思い当たる節があるのか、まじまじと見つめてくる幼い千寿郎の金輪の双眸に、蛍は頸を傾げた。
「それって…兄上」
「ああ」
「何?」
「昔、似たような血鬼術を持つ鬼と対峙したことがある」
「! そう、なの?」