第21章 箱庭金魚✔
「いや、それより先に止血だ。頭を下げろ」
「え…あ、上げるんじゃなくて?」
「上げては駄目だ。下げて、鼻を摘まんでいなさい。千寿郎!」
「は、はいっ」
「清潔な布を持ってきてくれ!」
「わかりましたッ」
慌てて用意に走る千寿郎を蛍が見送っていれば、大きな手が蛇口を捻り、流しに水を迸らせる。
「んくっ」
「動くな。血を流しているだけだ」
「う、ん」
その手が血を拭うように、優しく顔周りを洗う。
ばさりと耳元に羽音。
見れば、流しの横の甲板部に降り立つ政宗がじっとこちらを見ていた。
大きな嘴は何かを言いたそうにしながら言葉を発さない。
「大丈夫。政宗の所為で出た訳じゃないよ」
「……」
「それはどういう意味だ?」
「…ええ、と」
鴉の羽根の一撃くらいで、そんな大事にはならない。
それを政宗が危惧しているのは肌でわかった。
だからこそ笑顔を見せれば、無言の鎹鴉は頭を垂れる。
そこに無言を貫けなかった杏寿郎が、静かな声で問い質してきた。
「何があった」
「…多分、血鬼術の所為じゃないかと」
「影鬼か?」
「ん」
詰まったような鼻声のまま、蛍は小さな声でぽそぽそと考えられるだけの予想を語った。
「前にも、あったから。影鬼で初めてのことができるようになると体が驚くのか、鼻血が出たこと。あの時はほんのちょっとだったけど…」
「…それは聞いてないな」
「ん、んん…言う程の大事でもなかった、し…こう、逆上せてちょっと出るくらいの感覚だから」
「今は大事だと思うが?」
「そ、そう? こんなのすぐ止まるよ」
「そうじゃない。いや、それもあるが。影鬼が蛍の中で幾重も成長している、ということか」
「うーん…さあ、どうだろう。私も"これ"のこと、よくわからないからなぁ…」
鼻血が出たなどと逐一報告するのは、恥ずかしさもある。
故に黙っていただけだが、そこまで説明する気にはなれず蛍は言い淀んだ。
流しの排水口に、水と共に流れ落ちて行く己の血を見つめる。
その目線を足元に移せば、もう燻るような揺れは見えず影鬼はただの影と化していた。