第21章 箱庭金魚✔
「と、とにかく止めないと…っ色々汚れるっ」
「…ソッチノ心配カ?」
写真に血が付いてしまわないようにと慌てて机に置くと、蛍は流し台へと顔を突っ込んだ。
顔を覆った指の隙間から零れる血は、まるで吐血しているかのようにさえも見える。
自分は鬼だ。
大人しくしていれば、そのうちに血は止まるだろう。
「っ」
それでもすぐに止まる気配のないそれに、くらりと頭が揺れる。
果たして出血の所為か。
はたまた別の何かか。
「蛍!」
そんな蛍に追い打ちをかけるかのように、台所内に張りのある声が響いた。
口と鼻を片手で覆ったまま、蛍は驚き顔を上げる。
「どうした、要達の騒ぎ声が聞こえたが!」
「凄い声みたいでしたけど、何かありました?」
稽古の手を止める程に、鴉の叫び声は通ったのか。肌に乗せた汗が未だ残るまま、台所へと顔を覗かせた煉獄兄弟が其処にいた。
「杏…っ」
寿郎、と呼び終える前に。
蛍の姿を捉えた杏寿郎から笑顔が消える。
蛍の手から袖まで濡らしている大量の血。
血痕も幾つも残る床では、蛍の血気術と思われる影が燻り僅かに蠢(うごめ)いている。
「そ、その血は…っ?」
「動くな」
「兄上っ?」
顔から血の気を退かせる千寿郎を片手で制すと、杏寿郎は躊躇することなく飛び出した。
瞬きする間に蛍との距離を詰めると、細い手首を掴む。
無理矢理に引き剝がせば、下半分を赤く染めた蛍の顔が見えた。
口周りにも付着している血は、鬼が人を喰らったかのようにも思わせる。
しかし牙の覗く蛍の口内は一切血に染まってはいない。
蛍が誰かを喰らった血の跡ではなく、彼女自身から漏れ出したものだと気付いた。
「どうした、何があったんだ」
鬼として誰かに牙を剥いた訳ではない。
それを悟った途端に、杏寿郎の表情から厳しさが消えた。