第21章 箱庭金魚✔
蛍を覆うように囲っていた人影を、大きな漆黒の翼で薙ぎ払う。
そのまま平手打ちをするかのように、翼はばしりと蛍の顔面を叩いた。
「蛍ッ!!」
鋭い鳴き声だった。
「起キロ! 蛍!!」
ガァガァとけたたましく鳴く。
目の前を幾重も舞う黒い羽根の雨に、限界まで見開いていた蛍の目が──捉えた。
「……政宗…?」
きょとん。
そんな効果音が付きそうな程、呆けた顔で呼びかけてくる。
己の感じる危機感との温度差に、政宗はぎろりと隻眼を光らせた。
「遅ェ!!」
「いだだだだッ!?」
大きな嘴が小さな耳を啄んだかと思えば、ぎりぎりと渾身の力で引っ張る。
引き千切られそうな程の勢いと痛みに、蛍は血とは別の涙を迸(ほとばし)らせた。
「い、痛い! 死ぬ! 耳が死ぬ!!」
「返事! クライ!! 早ク!!! シロォ!!!!」
「痛いって待って喋ってる!? なんかいつもより悠長に喋ってる!? 政宗いつから喋れたん」
「政宗ハ勉強家ダ」
「え要? 待って。え。教えたの要? まさかよく一緒にいたのって言語勉強会とかあだだだ! とりあえず離してって…っ!?」
「!?」
耳を引っ張り続ける政宗を捕えて引き離そうとした蛍が、動きを止める。
ぽたりと床に落ちる血の雫。
それは目元からではなく、鼻先から滑り落ちた。
「あ…っ」
血の涙は少量だった。
しかしぼたぼたと後を絶たずに溢れる鼻血は、簡単に治まる気配を見せない。
咄嗟に鼻と口元を覆う蛍に、流石の政宗も驚き嘴を離す。
「な、なんで…血…っ」
「ドコカ打ッタノカ? 怪我ハ」
「わか、らない。別に何も──…あ」
政宗に薙ぎ払われた人の影は姿を消していたが、まだ燻るように蛍の座り込んだ足元で小さく波打っている。
その様を目にした蛍は、ようやく現状を理解した。