第21章 箱庭金魚✔
「──蛍。蛍、」
何度も何度も呼びかける。
大きな嘴を突き付けながら、要は覗き込むように肩から身を乗り出していた。
しかし返答はない。
「蛍。ドウシタ、蛍ッ」
「……」
その場に座り込んだまま、じっと手にした写真を見下ろす蛍には表情がなかった。
最初は微笑ましく笑みを浮かべて、写真を愛でていたというのに。
頸を傾げたかと思えば、突如その姿は固まったのだ。
穴が空く程に写真を見つめる両の眼は、きりきりと瞳孔を縦に割り、深い緋色に染まっている。
両手で握った写真に、炭のような黒ずみがじわりと滲んだ。
「──!」
鳥肌に悪寒。
蛍の名を呼んでいた要は、ぞわりと身震いすると足場の異変に気付いた。
蛍の影が変貌している。
何かを形作るかのように、ざわざわと黒い波を広げているのだ。
床を離れ、頭を持ち上げるかのように宙へと四方八方から伸びて来る影。
咄嗟に肩から離れる要に、蛍の周りを囲う影は覆い被さるように膨らんだ。
膨らみ、伸ばし、形作る。
ざわりざわりと不気味に波打たせながら、影は異形を作り出した。
ぼんやりと輪郭を朧気に形成しながら、縦に伸びていく。
頭を作り、手を伸ばし、脚を揺らす。
それはまるで顔のない人の影だった。
どれ一つとして重なり合わない。
大小複数の人影が、蛍を囲うようにしてぼうっと立っている。
座り込んだままの蛍を見下ろすかのように、頭を垂れて。
触れるでも話すでも暴れるでもない。
ただじっと主である蛍を見下ろし囲う人影は、言いようのない不気味さがある。
それでも蛍の目は、無のまま写真を見つめ続けていた。
──ポタ、
限界まで見開いた、赤より赤い深い緋色の瞳。
その色がとろりと蕩けるかのように──滑り落ちた。
赤い、血の雫が。
「ッ!」
異様な出来事に固まっていた二羽の鴉。
だが蛍の目から溢れる血の涙を見た瞬間、隻眼の鴉は身を翻(ひるがえ)し弾丸のように突っ込んだ。