第21章 箱庭金魚✔
ぼんやりと淡い何かが、人の形を象っていく。
夢現(ゆめうつつ)の中を、たゆたうように。
『──ちちうえ、父上! 見てください!』
幼さの残る甲高い声。
それは忙しなく父を呼んでいた。
『千寿郎が!』
『な、なんだっ、どうした?』
『ぐっすり眠っています!』
『…は?』
ぴょこぴょこと鶏冠(とさか)のような金に朱の混じる前髪を揺らしながら、少年が慌てて声を上げる。
黒い紋付の長着の皺を直していた男は、想定外の返答にぽかんと目を丸くした。
『なんだ、寝てるのか…』
『はいっ寝ています! これでは折角の写真に、千寿郎だけ寝顔で映ってしまいませんか!?』
『む? ああ、確かに…言われてみれば』
『なのでおれが起こしますっ!』
『ま、待て杏寿郎っお前がその声で起こすと、また千寿郎が驚いて泣いてしまうかもしれんだろう!』
『ですが…!』
『お二人とも、既に十分声が大きいですよ』
親子故か、父も子も似て吠えるような大声が上がる。
それを鶴の一声で制したのは赤子を抱いた女だった。
『無理に起こさなくても千寿郎はもう目を覚まします』
『そう、なのですか?』
『ええ、母にはわかります。この子のことも、貴方のことも』
『おれのことも?』
きょとんと幼い瞳を瞬く少年に、女はたおやかな笑みを浮かべた。
沈黙は美しさを際立たせていたが、そこに感情が芽生えると尚も目を惹く美貌だ。
『千寿郎を構いたいのでしょう? 貴方は弟が大好きですから』
優しく情のある声。
母の声に促されるまま少年の頬が色付く。
ぱしぱしと大きな瞳を瞬いた後、先程とは打って変わり小さな声で「はい」と頷いた。
『ははは! そうかっ、杏寿郎にも兄としての自覚が出てきたということだな』
『っ…ふ、え』
『あっ』
『あら』
『お』
わしゃわしゃと父の手が少年の頭を掻き撫でれば、自然と輪の中心にいた赤子が果実のように赤い唇を震わせた。
下がり眉が尚下がり、また震える。
緊張気味に口を閉じる父と子のそっくりな顔を見て一つ笑うと、女は抱いた赤子の背をあやすように撫でた。
『ほら、起きたでしょう?』
『ほんとだ…母上はなんでもわかるんですね…』