第21章 箱庭金魚✔
「二人が稽古を終える前に準備しないと。要達は少し離れてて」
棚の上から覗く二羽の鎹鴉に見守られながら袖を捲り上げる。
槇寿郎が下げた食器を鼻歌混じりに手早く洗い片付けると、次は茶器の用意に取りかかった。
「えっと、お茶っ葉は多分ここに…あれ」
一度見た記憶を頼りに棚の奥を漁っていると、その隅に古い書物が立てかけてあるのを見つけた。
何気なく取り出して見れば、そこには達筆で料理の手順が幾つも記してある。
(これ…もしかして、瑠火さんの献立書?)
朝食作りの際に千寿郎が教えてくれた、母の味が記された書籍だろうか。
強い好奇心に背を押されるまま、ぱらぱらと頁(ページ)を捲る。
と。ひらりと、頁の隙間から薄い紙が一枚舞い落ちた。
「あ(いけない)」
慌てて拾い上げようと腰を屈めて、蛍は目を止めた。
それは献立を記したメモなどではなかった。
褪せた色で映し出されているのは、絵画ではない立体的な人の実像。
写像にて可視化された写真だ。
「ドウシタ? 蛍」
「あ、うん。この書物から写真が出てきて…」
ひらりと再び肩に停まる要に、屈み込んだまま蛍が手元を見せる。
そこには一人の女性が赤子を抱く姿が映し出されていた。
「もしかしてこの人、瑠火さん?」
こくりと頷く要に、予想はしていたが胸が高鳴る。
何度も杏寿郎から瑠火の話を聞く度に、どんな女性なのだろうと想像し思いを馳せてきた。
その姿が目の前にあるのだ。
写真の女性は形の良い眉の下に、赤みの混じる一重の切れ長の瞳をしていた。意志の強そうな瞳だ。
右肩に寄せてゆるく結んでいる長い黒髪は、絹のような滑らかさがある。
鼻筋の通った小さな顔に、ふっくらとした唇に、色白の肌。
(これが瑠火さん…)
とても美しい女性だった。
赤みのない、産毛のような金髪の幼い赤子を抱いて椅子に座っている。
その瑠火の後ろに立っているのは、若さの残る顔立ちの槇寿郎だった。
無精髭などなく、今より張りのある髪を一つ後頭部の高い位置で結んである。
丁度、現在の千寿郎の髪形に似ているだろうか。千寿郎よりもみあげは短く、顔の骨格も骨太でしっかりとしていた。