第21章 箱庭金魚✔
要が隠から持ち帰った情報は何もなかった。
近隣での鬼の目撃報告はなく、神隠しなる類(たぐい)の噂もない。
千寿郎から聞いた噂は本当にただの都市伝説のようなものだったのだと、蛍も安堵で胸を撫で下ろす結果となった。
「鴉も含めて、此処に住んでる人は皆忍耐強くて努力家だと思うよ。色んな形で」
「形、カ?」
「うん。ということで、ちょっと台所に行って来ようと思います」
「台所?」
蛍が腰を上げれば、頸を傾げたまま要がとことこと付いてくる。
番傘を畳むと、苦笑混じりに蛍はそうっと漆黒の体を両手で抱き上げた。
「お稽古頑張ってる千寿郎くん達に、冷たい飲み物でも用意しておこうと思って」
台所の使用は、朝食作りを手伝った時に千寿郎から許しを得ている。
鬼であるが故に、昼間は外で共に稽古に励むこともできない。
せめてそれくらいはとまた苦笑する蛍をじっと見上げていた要は、徐に鉤爪をその腕にかけた。
「要?」
「我モ行ク」
器用に蛍の腕を伝い肩に身を置くと、定位置のように腰を下ろす。
杏寿郎の肩に好んでよく停まっていただけあって流石安定感があった。
「わかった、じゃあ一緒に行こう」
人懐こいその姿には、つい顔が綻ぶ。
「政宗に要の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
「ナンデダ?」
「一人だと傍に来るけど、誰かといるとすぐに何処かに行っちゃうし。頭の上にばっかり停まってくるし。挨拶代わりみたいにつついてくるし。要を見習って欲しいなぁと」
「何処カニ行ッテハイナイゾ」
「え?」
「チャント見テイル。アソコダ」
「あ。ほんとだ」
「…ケッ」
「ケッて。鴉が悪態なんて付かないで怖い」
つい、と要が顔を上げれば、その視線の先には確かに隻眼の鴉がいた。
縁側から離れゆく蛍が気になったのか、屋根の上から下りてきていたところを見つかってしまい大きな嘴が毒突く。
本来ならそこでそっぽを向くだろうが、何故か政宗は蛍の傍に寄ってきた。
「…ちょっと」
かと思えば、踏ん反り返るのように胸を膨らませて蛍の右肩へと停まる。
静かに左肩に停まっている要を威圧するかのように、鋭い隻眼を向けて。