第21章 箱庭金魚✔
「──これでいい? 千寿郎くん」
「はい。切った野菜は全てそちらの鍋へ」
「うん。あ、その香り…さつまいも?」
「の、お味噌汁です。兄上の大好物なので、帰省されている間はほとんどお出しするようにしているんですよ」
「確か、瑠火さん直伝のお味噌汁だって…」
大きな竈が三つも並ぶ、煉瓦作りの広い台所。
その竈のどれもに並べられた鍋が、くつくつと小気味良い音を立てている。
手早く着替えを済ませ、顔を洗い、朝食作りに取り掛かる千寿郎に蛍は内心舌を巻いていた。
幼いながらに一人で家を任されているだけはある、少年の手捌きには無駄がない。
果たして手伝いができているのかと不安になる程だが、千寿郎がお玉でゆっくりと掻き回す味噌鍋を覗いた途端、蛍の興味は全てそちらへと向いた。
「もし差し支えなければ…その味付け、訊いてもいいかな」
そわそわとどこか落ち着きがないように問いかけてくる蛍に、千寿郎の口元に笑みが浮かぶ。
兄から届く手紙には、よく蛍のことが記されてあった。
その中で頻繁に登場したのが、彼女が作る手料理だ。
派手な料理ではないが、味の沁み込んだよく漬けられた野菜も、無駄なく使用された食材の切れ端の炒め物も、どれもが舌に馴染みほっとする味だと杏寿郎は褒め称えていた。
剣士としての腕は申し分ない杏寿郎だが、料理となるとまるっきり才はない。
その為に兄が日々口にする料理には一抹の不安を抱えていた千寿郎も、蛍の存在には感謝していた。
「勿論。我が家のさつまいもの味噌汁は、出汁は鰹節だけなんです」
「昆布は使わないの?」
「さつまいもが十分、後味を深く変えてくれますから」
「成程」
千寿郎の隣でふんふんと頷きながら、説明を一言たりとも聞き逃さないようにと身を乗り出す。
そんな蛍の姿に、千寿郎の下がり気味の眉も穏やかに上がる。
この女性が自分の義姉となる者なのだと実感すると、何故だか一挙一動がこそばゆい。
年下でありながら、料理を伝授する空気は母のような気分だ。
(僕が母なんて畏れ多いけれど)
まさかそんな空気を味わう日が来ようとは。
恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
不思議な気分に高揚した。