第21章 箱庭金魚✔
「兄上は私や世の人々を守る為に戦っているので仕方のないことなんです。それに…約束は、してくれましたから」
「…その約束、訊いても…?」
「能楽を共に観に行こうと」
「のうがく…それ杏寿郎も好きだって確か」
「そうですね。ですがその能楽は元々母上の趣味だったみたいで」
千寿郎の実母であっても、瑠火のことは伝い聞いた上でしかよくは知らない。
能楽が好きだったという話も杏寿郎から聞いたものだった。
「母上が昔よく父上と観に行っていて、特に"羽衣(はごろも)"という演目を好いていたと。私がその話を詳しく兄上にせがめば、自分も観たことがないから共に行こうと約束してくれました」
「へえ。とっても素敵な約束だね」
「でも実現はしないでしょうが」
「え?」
明るく弾む蛍には申し訳ないと思うが、幼いながら千寿郎は現実を知っていた。
「その約束をしたのも随分と前のことです。兄上に無理強いさせないよう、その時伝えてもいましたから。私に構うよりも鬼殺隊の責務を全うして欲しいと」
「……」
「すみません。また返答に困らせてしまいましたね」
喜ぶも悲しむもできず、曖昧な表情を見せる蛍に苦笑いを一つ。
落ち込む気持ちは長い月日で呑み込んだ。
すぐに切り替えるように声のトーンを明るく変える。
「だからいいんです。約束という思い出は私の中に残っていますから。私にもこの家を守るという責務があります。兄上に負けないよう、しっかりしないと。です」
「……そっか、」
なんとも言えない表情を見せていた蛍は、出かけた言葉を呑み込むとゆっくりと頷いた。
前を向き歩こうとしている千寿郎の、その背を押すように。
「ならやっぱり朝食作りはお手伝いしなきゃね」
「でも蛍さんはお客様で…」
「今杏寿郎の部屋に戻ると起こしてしまうかもしれないし。私が千寿郎くんの力になりたいと思ったの。駄目?」
「…では…あの。お願いしても、いいですか」
「! うん、喜んでっ」
力こぶを作って張り切る蛍に、千寿郎もまた暫し考えた後こくりと頷いた。
蛍に説き伏せられた訳ではなく、千寿郎自身の蛍を見る目が昨夜とは変わったからだ。
客である彼女も、未来では家族となる者だと。