第21章 箱庭金魚✔
「ごめんね、お庭を汚してしまって。でも水遊びだから、乾けばどうにかなるかと…」
昨夜のことを語りながら、井戸が見える庭を通り過ぎる。
見上げた蛍の顔は羞恥を残しつつも楽しかった思い出のようで、表情は明るい。
そんな蛍を見ていると、つられて千寿郎の顔にも明るさが宿る。
「気にしないでください。それだけ蛍さんが此処に慣れてくれたのなら、嬉しいですし」
「千寿郎くん…」
千寿郎の優しさに蛍がじんと感動していると、その明るい顔は少しだけ陰りを見せた。
「私は、そういうことをしたことがありませんから…きっと、すごく楽しいのでしょうね」
「え…そうなの? 水遊び、したことないの?」
「ああいえ、水遊びではなくて。夜のお出かけです」
「そう…なの?」
これ程までの名家となれば、門限も厳しくなるものなのか。そう怪訝な顔をする蛍の反応は、千寿郎には予想していたものだった。
くすりと、少年らしかぬ穏やかな表情で笑う。
「全くないことは、ないんです。父上が一緒の時は外出を許して貰えましたし」
「槇寿郎さんが?」
「…夜は町中であっても危険が伴うと、基本は許可されなかったので」
(ぁ…そうか。鬼が)
鬼の恐ろしさを重々知っている煉獄家だからこそ、余程のことがない限り無暗にその活動時間帯に幼い少年を出歩かせることなどしない。
寝る時でさえ藤の香を焚いて、万が一に備える生活をしているのだ。
「その同行、杏寿郎じゃ駄目なの? 炎柱の肩書きを持つ師範なら、千寿郎くんと一緒にお出かけしても槇寿郎さんは許してくれると思うけど…」
「今の父上なら、私が夜に一人で外出しても気付かないでしょうね」
「そ…そんなこと…」
「ふふ。返答に困らせてすみません」
自虐のつもりではない。
だからこそしどろもどろに返す蛍に対して、千寿郎の言動はしっかりとしていた。
「兄上は元々独学で鬼殺隊を上り詰めた人なので、柱になる前から多忙でしたし。柱に就任してからは、より会える時間が少なくなりました」
「……」
「なので兄と共に遊んだ記憶も、幼い頃のものばかりで」