第21章 箱庭金魚✔
「父上に見つかったら怒られてしまうな!」
「その前に恥ずか死ぬ…」
「死ぬのか! それは困る!」
「わ、わかったから。槇寿郎さんを起こしたらそれこそ困るから。声、落として。そしてお風呂場に駆け足っ」
「了解したっ」
腕の中であたふたと顔を赤くさせる蛍に、眉を跳ね上げ笑うと、杏寿郎は片足を軸に歩幅を広げた。
すっかり槇寿郎の存在に呑まれた蛍の頭からは、寝顔のことは消え去っている。
鬼を閉じ込める為の、小さく質素な檻の中。
一羽の鎹鴉以外、誰も知らない二人だけの時間の中で、寝入る蛍に魅了されるまま口付けた。
触れたのはほんの瞬くような一瞬。
その一瞬で、己の中に在った感情を全て悟ったのだ。
鬼である彼女に、人として想い募らせたことを。
赤裸々に伝えてもいいが、あの時のことはまだ自分の中でだけ。淡い宝物のような思い出として残しておきたい。
「蛍」
「なん」
壊れ物を扱うように優しく、逃がさぬように強く。腕の中の存在を抱きしめると、助走もつけずに杏寿郎は地を蹴り上げた。
足踏みの音は一つ遅れてダンと鳴る。
蛍の声にも、杏寿郎の姿にも、追いつけず。
跡形もなく二人の姿はその場から消え去っていた。
残されたのは、松の枝で我知らぬという顔で寝入る隻眼の鎹鴉。
「水浴びくらい静かにできんのか…馬鹿者め」
そして、暗い部屋で襖を閉じた屋敷の主のみ。