第21章 箱庭金魚✔
「うむ! 夏夜に唸る猫のような叫び声だな!」
「しっ失礼な! いや猫に失礼な!? あの赤ん坊の声みたいな鳴き声のこと!?」
「発情期の雌猫の叫びだそうだ!」
「発情言わない! てかこんな大声出したら千寿郎くんが起きる…ッ」
「千寿郎が寝ている部屋は井戸からは一等遠い! 大丈夫だろう、恐らく!」
「恐らく…って危なッ」
「うぬ、上手く避けたなっ」
再び降りかかる冷水を、咄嗟に半歩横に飛び退き避ける。
桶を手に笑う杏寿郎に、蛍は水の滴る袖を絞り上げた。
「上手いも何も。もうびちょびちょなんだけど…」
「ならば今更濡れようが構わないだろう? 何故避ける」
「いや避けますが。満面の笑みで冷水ぶっかけてくる炎柱なんていたら」
「水流を扱う炎の剣士とはこれまた粋だな。良い例えだ!」
「そんなの例えでもなんでもなひゃぶッ」
「隙ができているぞ!」
ばしゃり、と三度目の水飛沫が蛍の顔面を襲う。
余程その例えが気に入ったのか、爛々と目を輝かせ「今度は犬のくしゃみのような声だな」と笑う。
「…だ、か、ら、」
杏寿郎のその言葉に、ぷちんと蛍の何かが切れた。
「そういうのは合図で始めるのが筋ってもんでしょーがッ!!」
「成程確かに!!」
足元に転がっていた空っぽの桶を鷲掴む。
水を吸い重く沈む浴衣をものともせずに、蛍は井戸へと大きく飛躍した。
心底愉快そうに笑う杏寿郎を、討つべくして。