第21章 箱庭金魚✔
「その先が聞きたいのだが」
「き、杏寿郎…?」
「ん?」
「その…近い、のだけど…」
胸は早鐘を撞くように高鳴る。
ただ無視できない問題がある訳で。
「素足で下りたな。また汚れてしまったぞ」
「謝るからその顔で迫って来ないで…っ」
「よもや失礼な言い草だ。こんな身形にさせたのは蛍だろう?」
「だからそこは全面的に謝るのでっ心臓に悪いと言うか…あとなんか怖い!」
色気は凄まじいが、違和感も凄まじい。
「ははははは。俺は怒ってなどいないぞ」
「そんな棒読みの笑い声聞いたことないけどッ?」
一歩杏寿郎が歩み寄れば、一歩蛍が下がる。
後ろの井戸にすぐに触れて、それ以上後退れなくなった。
そんな蛍に、笑みを深めた杏寿郎の手が伸びる。
「っ」
反射で身を竦めるも、杏寿郎の手は蛍に触れることはなかった。
「え?」
伸びた先は蛍の背後。
掴んだものは井戸の縄に括り付けてある小さな桶だ。
杏寿郎の頭に被さった桶とは別の、井戸水汲み取り専用の桶である。
「ひゃっ!?」
ばしゃり。
蛍の全身に冷たい井戸水が降りかかる。
汲み取り用の桶に残っていた冷水を、杏寿郎が頭か降りかけたのだ。
にっこりと笑顔で。
「ちょ、何っ?」
「わははは! これでおあいこだな!」
「あ…っやっぱり怒ってたでしょ!?」
腹から心底愉快そうに笑う杏寿郎に、やはり先程の笑顔は偽物だったのだと悟る。
が、時既に遅し。
杏寿郎と同じくすっかり濡れ鼠と化してしまった。
「どうせその衣も洗わねばならなかったんだ、一石二鳥だろう!」
「どこが一石二鳥…くしゅんッ」
「先に言い出したのは蛍だろう? ほら、風邪を引く前に」
「鬼は多分風邪とか引かな」
「しっかり洗い流さねばな!!」
「ひぎゃー!?」
つるべ式の縄を掴み渾身の力で杏寿郎が引けば、井戸の天井に設置された滑車が激しく回る。
それはもう勢いよく、井戸の底から水を汲み上げた桶が、そのまま天井に衝突しそうな程に。
弾き上がってきた桶を器用に片手で掴み取ると、杏寿郎は容赦なく蛍の頭に再度降りかけた。
思わず全身に鳥肌を立てて悲鳴を上げてしまう。