第21章 箱庭金魚✔
杏寿郎は成人の身だが、千寿郎と同じ目線で物事を楽しみ、時には子供のように嬉々として絡むこともある。
しかし真夜中に、それも慕う相手と土塗れになり水遊びにまで発展するとは。
それ程までに兄の心は浮足立っていたのかと、想像ができそうでできない。
「お散歩って言っても、お庭を回っただけだから。外には出てないし…」
「はぁ…稽古で汚れたのならわかりますが…」
「ああ、うん。稽古に似てるかもね。うん。運動したし。うん。うん」
「運動ですか?」
「本調子を取り戻す為にね。うん。準備運動的な」
納得したような、してないような。曖昧な表情で呟く千寿郎に、にっこりと蛍は貼り付けたような笑顔を返した。
(嘘は言ってないぞ。うん)
確かに嘘は言っていない。
庭を歩いたのも運動をしたのも、結果土塗れになったのも水遊びをしたのも真実だ。
「蛍。君から洗おう」
「え、と…自分でできるよ。桶、貸してくれる?」
「いいから、おいで」
白銀の月が薄くなった空の下。名残惜しさを残しながらも、いつまでも汚れたまま地面に座っている訳にもいかないと、今度は杏寿郎に手を引かれる形で蛍は庭隅の井戸へと来ていた。
つるべ式の井戸で汲んだ水を桶に流し込みながら、杏寿郎が手招きをする。
手を差し出され優しい声で導かれれば、安易に頸を横にも触れない。
すっかり杏寿郎の言動に弱くなってしまったと感じながら、そんな自分が嫌ではないとも思う。
大人しく傍に寄れば、両脇に差し込んだ大きな手が軽々と蛍の体を井戸の縁に座らせた。
「地につかないよう足を上げておいてくれ」
「うん…くすぐったい」
「はは、そこは我慢だな」
片膝を付いて、草履を脱がす。
水で濡らした手が、蛍の素足の汚れを拭っていく。
土踏まずに触れられればそわりと肌がこそばゆくもなるが、優しく握り込むようにして汚れを拭う手つきには、ほんのりと胸が温かくなる。
深夜だからだろう、普段よりも声を抑えた杏寿郎との空気はいつもより静かだ。
ぱちゃりと跳ねる水音一つでさえ、細やかに耳に響く。
そんな時間が心地良い。
「よし。流すぞ」
「冷たっ」
「む"っ」
「あ。」