第21章 箱庭金魚✔
「…あれ?」
その熱を振り払うように顔を上げた千寿郎は、ふと見かけないものに目を止めた。
目線の先には、庭の日差しがより当たる場所に設置された物干し竿。
竹筒の長いそれには何もかけていなかったはずだが、二枚の浴衣が並んで干してある。
「おかしいな。洗濯物は昨日全て畳んだはずなのに…」
「あっ」
「え?」
頸を傾げる千寿郎の隣で上がる声。
つられて見上げれば、ぱかりと開けていた口を蛍が慌てて閉じるのが見えた。
「蛍さん?」
「……」
「もしかして、あれが何か知って」
「ごめんなさい」
「…やっぱり蛍さんが?」
「ええと…はい。洗濯、しました」
「でも二着ありますが…あ。」
千寿郎がすぐさま誰の浴衣なのか理解できたのは、普段から家事を全て担っていたからだ。
あの浴衣は、兄と蛍の為に用意したものだ。
「あれは確か、兄上のものと」
「ええとですね!」
先程までの穏やかさなど何処へやら。幼い少年相手に敬語を用いて、蛍はどうにか言葉を絞り出した。
「その、長話の時に…杏寿郎、と」
「兄上と?」
「え、と…」
「?」
「水遊び!を、しまして」
「水…あそび…?」
予想もしていなかった返答に、千寿郎の目が丸くなる。
「そ、そんなに昨夜は暑かったですか?」
「そういう訳じゃ、ないんだけど。その…体調の回復がてら杏寿郎と夜のお散歩をしたら、ね。夜のお出かけって、なんかこう、いけないことをしてるみたいでわくわくするでしょ?」
「お出かけ…」
「それでつい心が弾んだというか…結果的に二人で土塗れに、なってしまって」
「土まみれ」
「そのままお風呂場に向かうこともできないから、井戸で体を洗っていたら、その…水遊びを、してしまって」
「水あそび」
何度も目を丸くして反復してしまうのは、どれもが驚きの答えだったからだ。