第21章 箱庭金魚✔
「でも、具合よくなったんですね。よかったです」
「千寿郎くんが気遣ってくれたお陰かな。わざわざ着替えてくれたんでしょう? これ」
「ぁ…はい、」
ちょこんと蛍が摘まんだ千寿郎の寝着の浴衣は、少年のものにしては大き過ぎる。
廊下を引き摺るそれは杏寿郎から借りたものだ。
体に染み付いた匂いは消せなくても、せめて着ているものだけでもと駄目元で兄に頼んでみた効果は、少なからず蛍にあったようだ。
少し照れた様子で頷く千寿郎に、蛍の表情も穏やかなものに変わる。
「でもこのまま引き摺っていたら邪魔だろうし。着換えなきゃね」
「それでしたら自室で着替えを…って蛍さんっ」
「はいっ?」
槇寿郎の部屋に向かう千寿郎を止めた時のように、今度は千寿郎が両手で蛍の腕を掴む。
何事かと瞬けば、幼い顔は辺りを焦り見渡した。
「歩き回っていたら朝日が差してしまいます! どこか奥の部屋に…ッ」
「ああ、うん。…それなら大丈夫そうかな」
「えっ?」
「今日はとても素敵な曇り空だし。この感じならお散歩だってできそう」
「ほ、本当ですか?」
「うん。日傘は欠かせないけどね」
縁側から見上げる本日の秋空には、分厚い雲がひしめき合っている。
お陰で遮られた紫外線は、蛍の肌を焼きはしなかった。
驚いた様子でまじまじと見てくる千寿郎に笑いかけて「だから行こう」と小さな背を押す。
「着替えたら朝ご飯の準備をするんでしょ? 手伝うよ」
「え。でも、兄上が」
「お兄さんは昨日遅くまで起きていたから。もう少し寝かせておいてあげて」
「そうなんですか?」
「私を迎えに来た後にね。長話につき合わせてしまって」
「長話、ですか…」
だからいつもは些細な気配で起きるような杏寿郎も、深い寝息を繋いでいたのだと納得した。
遅くまで長話とは、どんな話なのだろうか。
もしかしたら合瀬の際に交わすようなものだったのだろうか。
兄の色んな顔は知っているつもりだが、こと恋愛となると浮いた話は聞かなかった。
一体兄はそんな時、どんな顔でどんな言葉を紡ぐのだろうと、想像もできない想像をして照れてしまう。