第21章 箱庭金魚✔
幼くとも千寿郎も男子である。
他人にしては近過ぎる距離に慌てて身を起こすと、くっ付けた布団の真ん中で自分が寝ていることに気付いた。
位置的に両側を挟むしかなかったのか。
理由はわかり兼ねたが、兄と兄の想い人に挟まれて寝ていたなどと、実感すれば顔が熱くなる。
「…ん、」
慌てて身を起こした所為か。静かに寝入っていた蛍の睫毛が、ふるりと揺れた。
ゆっくりと開く瞼の下から覗く鮮やかな緋色。
思わず魅入るように千寿郎の目が釘付けとなる。
幼い金輪の瞳と、緩く見上げる緋色の瞳が重なる。
「…おはよ、」
「ぁ…ぉ、おはよう、ございます」
縦に割れた鮮やか過ぎる程の眼孔を持ちながら、ふや、と笑う蛍の表情の無防備さには緊張を解かれるようだ。
「あの…なんで蛍さんが此処に…具合は、」
「しー」
「え?」
色んな疑問符を口にすれば、人差し指を口元に立てた蛍に止められる。
その目は千寿郎越しの杏寿郎を見て、再び千寿郎に向けてぱちりと瞬きをした。
杏寿郎を起こさないようにと、そういう意図だろう。
普段とても寝起きの良い杏寿郎が、未だに寝入っていることの方が珍しい。
思わずしげしげと兄の寝顔を見つめていれば、音を立てずに身を起こした蛍にそっと呼ばれた。
「とりあえず、こっち」
「ごめんね、吃驚させて。千寿郎くんの藤の匂いも薄れていたみたいだから、つい隣で寝顔を拝んでいたら添い寝してしまって」
「寝顔…」
「そ、そんなまじまじと見てないよ。でもその、杏寿郎に迎えに来て貰ったし。別の部屋で寝るよりは一緒の部屋にいた方がね…うん。危険なことはしないから、心配しないで」
「あ、いえっそういう心配は、していませんっ」
寝入ったままの杏寿郎をそのままに、そっと二人で部屋を出る。
鬼だから不安にさせてしまったのだろうか、と頭を下げる蛍に、千寿郎は慌てて頸を横に振った。
よくよく考えれば、鬼が隣で寝ているという異常な状況。
なのにそこに対する恐怖や不安は一切なかった。
鮮やかな鬼の眼を持ちながら、蛍自身が一度も千寿郎の前で鬼の顔を見せていないからだ。