第21章 箱庭金魚✔
煉獄家の次男、千寿郎の朝は早い。
朝日が煉獄家の屋根瓦を照らすと同時に目を覚ます。
起きてすぐ行うことは父の朝食作りである。
次に洗濯を済ませると、屋敷内の掃除と、庭と塀周りの掃き掃除も午前中のうちに済ませる。
昼食作りの後は、必要な食材や日用品があれば買い出しに行き、己の鍛錬を行う。
学校がある日は早めに家事を終わらせて赴き勉学に勤しむ。
休みの日も休みの日で欠かさず家で自習をした後、兄に習った稽古に繰り返し挑む。
掌にできた肉刺(まめ)が潰れて血が滲むまで、木刀を振り続けたこともあった。
汗を流した後は、入浴の準備をしながら台所に立つ。
父、槇寿郎が入浴を行っている間に夕食を用意し、己も味気ない程の短い時間で食事を終わらせる。
片付けと翌朝食の下拵えを終えた後に、入浴へと向かう。
自室に戻った後は、ようやく待ち望んだ自由時間だ。
藤の香を炊いた部屋で、要が運んできた兄の手紙を読んで返事を書いたり、土産に貰った絵本や図鑑を読み耽ったり。
そんな細やかな時間はあっという間で、すぐに部屋の明かりを消す時間帯がやってくる。
兄が無事で、健やかに過ごしていますようにと。
布団の中で唯一無二の存在へと思い馳せながら眠りにつく。
今度はいつ会えるのだろう。
今度はどれくらい共に過ごせるのだろう。
微かな不安と、それ以上に強く信じる心を抱えながら。
(今日の朝餉(あさげ)は兄上の好きなものにしよう)
しかし今日はそんな一日の始まりとは違う。
いつもなら急いで作らないと、とその感情だけで動いているというのに。
今はまるで違う弾む感情を胸に抱いて、千寿郎は笑顔のままころりと布団の中で寝返りを打った。
「!?」
咄嗟に声が漏れそうになった己の口を、はしりと両手で押さえる。
兄と布団を並べて寝ていた。
それ以外には何もないと思っていた。
しかし反対側に寝返りを打てば、兄と同じようにこちらを向いて寝ている女性がいるではないか。
一瞬誰かと慌てたが、すぐに印象強い彼女のことを思い出す。
(ほ、蛍さんっ?)
静かな寝息で眠りについていたのは、兄の継子であり鬼である蛍だった。