第21章 箱庭金魚✔
堪らず膝をつく。
両手で覆った顔からさめざめと落ちていく涙。
どんなに泣いても、喚いても、足を止めてくれる者はいない。
抱き上げて、あやしてくれる優しい腕はない。
理由もなく大丈夫よと全てを肯定して、無償の愛を与えてくれる母も、そして記憶にはない優しいかつての父も、何処にもいないのだ。
『──千寿郎』
頬に、何かが触れた。
擦り切れて瘡蓋を残す手が、優しく涙を拭う。
父にしては幼い腕で抱き上げて、あやすように背を何度も擦ってくれた。
『大丈夫だ、千寿郎。お前にはおれがいる』
理由も建前もない。
ただ自分が〝千寿郎〟というだけで全てを肯定してくれた。
『お前はお前のままでいいんだ。自分を責めることはない』
暗く広いこの家で、ただ一人。
変わらずに愛を注いでくれたひと。
『千寿郎の分まで、おれが強くなる。お前も、父上も、これ以上悲しみに沈むことがないように。おれが守り続ける』
自分とよく似た顔立ちでありながら、父とも自分とも似ていないと思った。
何度も何度も見上げたその顔は、いつも不安など感じさせない温かさで迎えてくれたのだ。
『どんなことがあっても、兄は千の味方だ!』
その眩いばかりの笑顔の中に、母の愛を見た気がした。
「──…ぅぇ…」
すぅ、と朝の空気を吸い込む。
肺がゆっくりと膨らむ。
自然と浮上する意識に、千寿郎は幼い瞳を薄らと開いた。
懐かしい夢を見たような気がする。
求めるように伸ばしていたのか、手が温かいぬくもりに触れていた。
見えたのは、自分とよく似た鮮やかな焔色の頭。
無造作に癖毛をあちこち跳ねさせながら、静かに寝入っている。
伸ばした手は、すぐ横でこちらを向いて寝ているその人の手に触れていた。
いつも残していた瘡蓋はもうない。
しかし常に刀を握るその手には、過去を記憶する傷が幾つも残る。
大きく、そして優しい手だ。
すぅ、と今一度朝の空気を吸い込む。
起こさないようにと温もりからそっと手を離すと、あどけなさも残る静かな寝顔に千寿郎は顔を綻ばせた。
(おはようございます、兄上)