第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
拗ねる杏寿郎の頬に片手を添えて「ごめん」と更に一言。
それでもむすりと結んだ唇は開かない。
じっと間近で大きな双眸を見つめる。
金の輪がかかる朱色の瞳は、他には類を見ない印象強い瞳だ。
その目に映る、月の光を見つめて。
「〝貴方の火輪の瞳に映る、蛍火が見たいのです〟」
ふくりと柔らかな音を奏でて、愛を紡いだ。
「…とか、かな。うん、盛大に気障な落語だね。恥ずかしい」
ほのかに赤い顔を離して羞恥混じりに苦笑いをする蛍を、その双眸に映して。杏寿郎はゆっくりと瞬いた。
「いや。君の方が十分、素質があると思う。俺は好きだ」
「そ…そう?」
「なあ。もう一度言ってくれないか?」
「え。」
「蛍」
「う。」
直球な愛の言葉が恥ずかしいと、作り上げた台詞であるのに。
これではまるで意味がないと、蛍は募る羞恥心に頬を染めた。
(それって結局、杏寿郎の所為なんじゃ…)
こうも愛おしげな声と瞳を向けてくるものだから、恥ずかしくもなるのだ。
今まで生きてきた中で、こんなに優しくも熱い想いに触れたことはない。
だから余計に熱を持つ。
「 ほたる 」
愛おしさをそのまま音に変えたような、甘く低く響く声。
そんな音色に名を呼ばれて、無視できるはずもない。
頬の熱はそのままに、間近で捉えて離さない火輪の瞳を見つめ返す。
「ぁ…貴方、の…」
「うん」
「…ぁ…」
「うん?」
「……あい、してる…」
長々と愛の言葉を綴るよりも、こちらの方が余程覚悟は少なくていい。
観念したようにぽそりと告げる蛍の声に、杏寿郎の笑みがより深くなる。
「ああ、俺もだ…誰より蛍が、世界で一等愛おしい」
繊細なほどに柔らかで、むせ返るように甘い。
まるで底の見えない花の群に埋もれているようだ。
息をするのも蕩けるように、はふりと吐息を零せばそこに、熱を持つ唇が重なった。