第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「……」
「そんな目で見ないでくれないか。俺に夏目漱石の感性を求めても無理だぞ…」
比べてしまう杏寿郎の感性は、確かに浪漫を生み出した文豪とは程遠い。
『君の瞳は、さながら螢火のようだな』
それでも揺れるあさかぜ号の中で、共に寝台に横になり告げられた優しい声は憶えていた。
ほのかな輝きだと語った杏寿郎なりの愛の形を思い出して、胸は熱くなる。
「ふふ。ううん。私、その褒め言葉好きだよ」
つい顔を綻ばせれば、杏寿郎は至極真面目な顔で頸を横に振った。
「褒め言葉ではなく愛の言葉だ」
「…あいのことば」
「笑いを堪えながら復唱しないでくれ…流石に傷付く」
「ご、ごめんごめん」
「だから笑い堪えながら謝らないでくれないか」
「ごめんなさいっ」
「悪いと思うならば、蛍からも頂こうか」
「えっ」
「俺には到底思いつかないような、さぞ素晴らしい感性の台詞を生んでくれるのだろう。楽しみだ」
「いやちょっと待って」
「待たない」
「勘弁して下さい」
「勘弁しない」
「も、もうそれ愛とかじゃないから、ただの大喜利っ」
「何を言う、大喜利なものか。落語は好きだが、俺の台詞のどこにも落ちなどないぞ」
「大丈夫ばっちり笑えたから」
「だから笑わせる為に告げたのではないのだが!?」
笑顔でぱちんと片目を瞑れば、赤い顔で声を荒げられる。
珍しくも見慣れてきた素の杏寿郎の姿に、蛍は声を上げて笑った。
「ごめん。じゃあ私も落ちのない落語をするから。それで許して」
「だから笑いの為ではないと何度言ったら」
「うーん、そうだなぁ…蛍火、蛍火…ほたるび、」
「お題みたいに呟かないでくれ、大喜利じゃない」
「待って今、必死に無い知識を捻ってるから。わら…愛の神様が下りてくるのを、こう、待ってるから」
「今笑いの神と言おうとしただろう、君」