第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
口元を未だ隠している手に、優しく触れる。
導くようにそっとその手を胸元に引き寄せると、頸を傾け問いかけた。
「ねえ。夏目さんの言葉じゃなくて、杏寿郎の言葉で教えて」
普段の彼からは想像もつかない。
小さな弟に対抗心を燃やしてしまくらいに、いじらしい想いを抱いてくれたのだと思うと。
人格者のように大人びた普段の言動は、杏寿郎の魅力のひとつで。今見せている幼さが垣間見える表情もまた、間違いなく彼の魅力だろう。
愛おしさで、顔が綻ぶ。
「……」
柔らかな蛍の声に誘われるように、杏寿郎は閉ざしていた口をゆっくりと開いた。
「──…君を、愛している」
頬に僅かな熱を残して。
吐息のような声で告げられた。
月食よりも尚赤い、蛍の目が丸くなる。
「……」
「……」
「…何か、言ってくれないか」
「……月が、綺麗ですね?」
「む?」
「本当に、それが翻訳?」
「ああ」
「…月が綺麗ですね…」
「蛍」
「いや、文豪の考えることって凡人の私には全然わからないものだなぁって…まさか、そんな…」
まじまじと感心するように頷く蛍に、伝えたかったことはそうではないと杏寿郎の顔に僅かな不満が宿る。
そこで何度も頷く蛍の耳が、ほんのりと赤く染まっていることに気付いた。
「そっかぁ…」
「…蛍?」
「…うん」
頷きながら俯いたまま、ぽすりと蛍の顔が杏寿郎の肩へと埋まる。
「わたし、も」
緩んでしまう口角をそのままに。
背中に回した腕が、隙間なく杏寿郎に身を寄せる。
「貴方を、愛しています」
くぐもる小さな小さな声は、杏寿郎の寝着に染み入るように、吸い込まれた。