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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の



「月が綺麗ですね」

「…うん…?」


 唐突に告げる杏寿郎の投げかけに、ぱちりと蛍の白銀とは似ても似つかない瞳が瞬く。


「うん、綺麗だけど…私が訊いたのは眼のことで…あの月は今は赤くない…し……杏寿郎?」

「ぃゃ…うむ。そうだな…すまん今のは忘れてくれ」

「? 逆にとっても気になるんですが…?」


 いきなり何を言い出すのかと蛍が問えば問う程、杏寿郎の顔に熱が帯びていく。
 顔を赤らめさせるなど珍しい、と喰い付けば、更にその顔は逃げるように蛍に背を向けた。


「おーい」

「……」

「杏寿郎ってば」

「……」

「私の問いも、流されてるんだけれど…」

「……千寿郎が、」


 ぽそぽそと届く最後の言葉に、観念したように短い息を吐く。
 ごほんと咳で間を取り持つと、杏寿郎は視線を戻した。


「余りに曇りなき眼で綺麗だと告げたものだから…俺にも、それくらいできるのではないかと…思ったん、だが」

「? 言えてたよ。綺麗だって」

「…ぃゃ」

「畏まった言い方には、少し違和感あったけど」

「うむ…」

「でも口調まで千寿郎くんの真似なんてし」

「夏目漱石」

「…なつ?」


 ぺたりと片手で顔を覆ったまま、普段の五割減ほどの声量で杏寿郎が告げる。


「夏目漱石が、欧米の言葉を彼なりに訳した台詞なんだ。…知らなければ意味もわからず当然だったな…失敗した」

「え、っと…ごめん、なさい。あまり本とか読んでこなかったから…無知で、」

「いや。蛍が謝ることじゃない。俺が変に千寿郎に対抗心を燃やしただけだ」

「燃やしたの?」

「…俺は千寿郎のように、蛍をすぐには受け入れられなかった」


 寧ろ斬首するつもりで、初めは会いに行っていたのだからと。眉間に力を入れて複雑な表情を見せる杏寿郎を、きょとんと蛍の目が見つめる。


「そんなこと、」


 と、不意に破顔した。
 何を言うかと思えば、と。


「遅いとか早いとかで心が動かされていたなら、私は杏寿郎じゃなく義勇さんの隣にいたと思うよ」

「…む」

「関係ないよ、そんなこと。誰かの借りた言葉より、私は杏寿郎の言葉が好き。杏寿郎自身が綴ってくれた想いの形に、私の心は奪われたんだから」

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