第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「そう、なの? 千寿郎くん、少しは私に心を開いてくれたかな?」
「ああ。勿論だ」
真意を伝えそうになって、寸でのところで杏寿郎は言葉を呑み込んだ。
『ありがとう千寿郎。蛍を受け入れてくれて』
『いいえ。俺も嬉しかったですから』
『では早速、蛍にはこのことを伝えておこう。きっと喜ぶ!』
『それなんですが、』
『む?…何か思い悩むことがあるのか?』
『いいえ、そうじゃないんです。ただ、このことは兄上からではなく、自分の口からお祝いを伝えさせて頂きたいなと思いまして。蛍さんには、初対面から色々とお世話になりましたから。せめて、それくらいは…』
『そうか…うむ! そうだな、その方がいい! 千寿郎から祝って貰えれば、蛍も尚喜ぶだろう!』
『そ、そうですか? 祝うと言っても、ただ喜びをお伝えするだけですが…』
『それが一等嬉しいんだ。ぜひ千寿郎の口から伝えてくれ!』
恥じらいながらも自分から伝えたいと告げた千寿郎の姿は、蛍を家族として受け入れてくれた時と同じく、杏寿郎には喜ばしいものだった。
家族として受け入れるだけでなく、自ら歩み寄ろうとさえしてくれている。
千寿郎のその姿に、堪らず声も大きく弾んでしまう程に。
だからこそ逸る気持ちを抑え、千寿郎の為にと大事なことは呑み込んだのだ。
「…杏寿郎、は?」
「うん?」
思い返すだけでも心がぽかぽかと温かくなる。千寿郎と交わした言葉を思い出していれば、ぎこちなく問いかける蛍の声が思考を引き戻した。
「杏寿郎は…私の眼も、不気味だって、思う?」
恐る恐ると問いかけてくるのは、先程告げた赤い月のことを気にしているのだろう。
そんな些細な蛍心の変動が見える度に、ふわりと心は浮くのだ。
自分の言葉ひとつに一喜一憂する様が、なんとも愛らしくて。
そんなことはない、とすぐさま告げようとして、不意に杏寿郎は口を噤んだ。
膝に抱いた蛍の目線は、ほんの少し己よりも高い。
その蛍越しに見える夜空には、まあるい月が昇っている。
赤くはない。
冴えるような白銀の月だ。