第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「寒くはないか? 痛むところは」
「んーん。平気。杏寿郎がいるから、あったかくて心地良い」
昼間は残暑を感じさせるも、夜が更ければ随分と涼しさも増した。
薄い浴衣一枚。だからこそ寄り添う素肌が心地良いのだと、蛍は笑って頸を振る。
鬼の色を取り戻した瞳は、鮮やかに緋色を灯し細まる。
蛍のその吸い込まれそうな瞳を、杏寿郎は穏やかな心地で見つめ続けた。
「…月のようだと、言っていた」
「つき?」
「蛍のその鮮やかな瞳が、一度見た月食のようだと、千寿郎が」
「げっしょく、って?」
「うむ。俺も天体のことは詳しく知らないが、長い年月の中で、満月が不可思議に欠けていく現象があるそうだ」
「…初めて聞いた」
「その際、光の加減が所以(ゆえん)か月が赤く見えるとも。稀な現象故に、俺も過去一度しか見たことがないが」
「赤い月なんて…本当に?」
「ああ。宵闇(よいやみ)に粛々と浮かぶ血のような月は、この世のものとは思えないものだった。昔は月を蝕むと書いて"月蝕(げっしょく)"とも呼ばれていたそうだ。…夜の闇は、人々にとって不吉なもの。鬼が蔓延り死が隣り合わせに在る時。俺も初めて赤い月を見た時は、不気味な象徴のように思えたものだ」
「……」
「それを千寿郎は綺麗だと言ったんだ。鬼の君の瞳も、それと同じに美しいものだと。俺にはない感性で、物事を捉え見つめることができる」
月食は昔から人々の間では、不吉な予兆だと忌み嫌われるものだった。
鬼と同じく、忌むべき存在だと。
その月も鬼も、たった一度見ただけで、触れ合っただけで、千寿郎は受け入れようとした。
蛍が家族になることを心から喜び、応援するとまで言ったのだ。
鬼の恐怖なら共に学んできた。
鬼殺隊であるか否かなど関係ない。
千寿郎だからこそだ。
自分では一日で鬼を人と同等に見ることなど、不可能だっただろう。
「その千寿郎が、君を──…」
「私を?」
「…蛍のことを、あの子なりに鬼としてではなく彩千代蛍として見てくれていたように思う。俺はそれが嬉しい」