第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「だって…外に連れ出してくれるって、約束、したし…」
言い訳のようにも聞こえる辿々しい応えは、杏寿郎には甘い響きでしかない。
自然と口角を緩ませると、何度目ともわからない抱擁で蛍を包んだ。
「ああ…本音を言うと、毎日だって蛍を抱きたい。夜が明けるまでだって繋がっていたい。何十回、何百回でも君を感じていたいんだ」
刻み続けていたいと願う。
その体と心に、二人の愛し合った証を。
「…ん…私、も」
すり、と顔を擦り寄せ甘えてくる。
愛おしさが溢れるままに、杏寿郎は目元を和らげた。
「…吉兆ではないかと、思うんだ」
「吉兆?」
「俺と蛍がこうして愛し合えたことも。蛍が人としての存在を取り戻そうと決意したことも。今までそんな前例はなかったのに、俺達がここへ辿り着けたのは、その吉兆ではないかと」
「吉兆って、どんな?」
柔らかな笑みを浮かべたまま、杏寿郎は夜の闇を仰いだ。
鬼殺隊の名家に生まれたが為に、夜という時間帯は恐れるものでしかなかった。
生まれた時から教え込まれた〝鬼〟の存在。
夜は、人を貪り喰らう彼らが徘徊する時間。
死が牙を剥き爪を尖らせ、襲いに来る時間だと。
恐怖だけに心を支配されなくなっても、常に夜という闇の中では感覚を研ぎ澄ませて周りに気を配っていた。
いつどこで鬼に遭遇するともわからない。
寝ている時も気を抜くことはできない。
そこに後悔や否定はない。
その姿勢こそが鬼殺隊足るものだと思っている。
それでも。
そんな夜の闇に紛れているというのに、こんなにも幸福を感じていられる事実こそが。
「悪鬼が蔓延る時代が、終わる時ではないかと。そう思うんだ」