第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「…聞かない方が、よかった、かも」
「……すまない」
「でも、杏寿郎のことだから、なんだって聞きたいって思う」
ゆっくりと深呼吸をして。今ある感情をそのままに、蛍は目の前の瞳を見つめた。
「もやついたりもする、けど。安心したりも、する。感情に整理がつかないこと、答えが出ないこと、沢山あるよ。杏寿郎のことだから。…だから、私も同じなの」
「…?」
「考えても仕方がないからって、飲み込める程強くはないし、見過ごせる程弱くもない。杏寿郎のことだから、気になるし、知りたいし、捕まえていたい。だから、いいよ」
すぐ目の前の胸に飛び込める距離で、触れはせず。
杏寿郎の寝着の裾を僅かに摘まんで、蛍はこくりと吐息を呑んだ。
「だから…私のことも、捕まえていて」
か細く虫の音に掻き消されそうな程、小さな声。
絞り出したような本音を、恥じらいながらも告げたその声に。
杏寿郎が意識する前に、その手は目の前の身体を捕えていた。
「ん…ッ」
大きな手に頸の後ろを握られた。
と思えば、強く引き寄せられ息を漏らす暇もなく口を塞がれる。
先程の優しい口付けとは程遠い。
深く深く繋がる熱。
掻き抱き求める杏寿郎に、一度驚きは見せたものの、蛍も受け入れるように両腕を目の前の頸へと絡めた。
くちゅりと粘膜が絡み擦れ合う。
は、と合間に零れる熱い吐息。
唾液を含み、飲み込み、吸われる行為に、じんと頭が痺れてくるようだ。
熱い接吻を交わし続ける体は、いつの間にか背を廊下に付け天を仰いでいた。
「…蛍」
繋がりを離すまいとするかのように、互いの唇に引く糸。
覆い被さる顔を退いて見下ろしてくる杏寿郎の眉間には、深い皺が刻まれていた。
ただ一言、名を呼ばれただけでぞくりと背に熱が走る。
欲を含んだ彼の声に、何を意図しているのかすぐに理解できた。
その体に触れたい。
熱を分かち合いたい。
等しく、触れて欲しいと願ったから。
整理のつかないこの心を満たしてくれるのは、彼から貰える熱だけだ。