第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「あれは、身体に留まったままの熱を解放する為というか。俺もまだ鬼殺隊に入って日が浅く、任務後の猛りを上手く静められなくて、な。それが一番だと、その時共に任務に当たっていた上級隊士に教えられて」
「?」
「一夜だけ…その、買ったんだ。女性を」
予想はしていないこともなかったかもしれない。
しかし己の仕事と似た境遇に、咄嗟に言葉は出てこなかった。
「…慰安婦ってこと?」
「鬼殺隊に慰安所はない」
「じゃあ…売春婦?」
「……」
無言は肯定だ。
黙ったままの杏寿郎を、穴が空きそうな程に見つめてしまう。
まさか一歩間違えれば自分の客になるようなことを、彼がしていたとは。
「だが一度きりで止めた。人々を守る為に、俺は鬼殺をしているというのに。誰かを慰み者にする為に、刀を振るっている訳じゃない」
「……」
「…蛍?」
素っ気なさそうに告げる杏寿郎の言葉に、蛍はふらりと傾けた頭を預けた。
ぽすりと、広い胸に顔を埋める。
「…杏寿郎、らし…」
安堵なのか、不安なのか。よくわからない感情は、蛍の口から深い吐息を零させた。
その場面は自ずと予想できた。
見ず知らずの娼婦であっても、杏寿郎ならば真摯に相手をしただろう。
言葉通りそれきりにしたのなら、罪悪感を持ちながら抱いたのかもしれない。
「…っ」
「蛍?」
顔を上げて、ふるりと頭を振り被る。
つい想像してしまいそうになって、急いで脳内から追い出した。
憐れに思われていた、惨めな昔の自分を思い出してしまいそうで。
何より致し方ない理由とは言え、知らぬ女性を抱く杏寿郎の姿など想像したくなかった。