第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
(そんな私を欲してくれるだけ…抱いてくれるだけ、嬉しいんだけど、な)
初めて杏寿郎と体を重ねた日に、こんなに自分は面倒な女なんだと自覚して嫌気が差した。
その名残りが今でも杏寿郎に要らぬ不安を与えているというのに。
欲してくれる。抱いてくれる。
それだけで、蛍の奥底に巣食う劣等感など易々と吹き飛ばしてくれるのだ。
自虐に浸りたい訳ではない。
「こんな自分を」とわざわざ告げる気はないが、自分の体が粗末なものだとは思っている。
触れるだけで陽だまりのように感じ、瞳に映すだけで眩くもないのに目を細めてしまう目の前の彼とは似ても似つかない。
それでも、自らを粗末に扱いたい訳ではないのだ。
「…なら、私にも上書きさせて」
杏寿郎に不安を与えてしまうなら。
それを覆えるくらいの想いで、返したいと思う。
「杏寿郎が今まで触れてきた女性の跡を、ぜんぶ、覆えるくらい」
「!…俺は、」
「わかるよ。生息子じゃないことくらい」
ぴくりと、廊下に付いた杏寿郎の指先が反応を示す。
それだけで口を噤んだ姿に、肯定でしかないと蛍は眉を下げて苦笑した。
初めて蛍に触れてきた杏寿郎の手には辿々しさがあった。
しかし最初から最後まで蛍の手を引いてくれたのも、杏寿郎自身の導きだ。
過去、若者の筆下ろしにもつき合ったことがある身だからこそ、それが初めての行為ではないことを蛍も薄らと感じ取っていた。
今まで交際経験はないと杏寿郎は言っていた。
だからこそ尚の事、気にかかる。
ならば体を重ねた相手は、どんな女性だったのか。
「過去のことだから掘り起こしちゃ駄目だって思うけど。気を悪くさせたら、ごめんなさい」
「いや、それはない。だがあれは仕方なく」
「仕方なく?」
「…いや。うむ」
「……仕方なく抱いたの?」
「違う。言葉のあやだな…あれは、ゆきずりの一夜だった」
「…ゆきずり…」
「それも違うな言葉のあやだっ」
凡そ杏寿郎らしくもない応え。
段々と萎む蛍の声に、つい杏寿郎の否定にも熱が入った。