第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
蛍の鬼の目と似ているようでまるで違う。
金の輪で囲った炎のような瞳の奥から、ゆらり立ち上る灯火。
こくりと息を呑んで頬を尚熱くする蛍に、杏寿郎はほんの少しだけ口角を下げた。
「君は前に、俺が真っさらだと言ったが。そんなことはない。俺の抱える欲は、君が思う以上に醜いものだからな」
清廉潔白。和顔愛語。
そんな言葉がぴったりな男だと言われたことは過去あった。
しかし今体の奥底に宿るどろどろとした黒い思いは、とてもじゃないがそんな言葉に似ても似つかない。
杏寿郎の知らない体の奥底を暴かれたことがあったと、蛍は認めた。
そこに気持ちよさも好感もなかったとも。
ともすれば、その行為は果たして蛍の合意の上だったのか。
嫌悪しかなく、気持ち悪さしか感じなかったものを、果たして彼女は自ら受け入れたのだろうか。
些細な蛍の言葉の欠片から、見せてきた表情から、過去の出来事を予測してしまえる自分の推測力が、この時ばかりは余計なものだと思った。
自分の知らないところで、自分の知らない感情で、蛍がもしその行為を強いられていたのなら。
「杏寿郎は怖くない」と告げた言葉の裏側に、その男の影があったのなら。
想像もしたくない。
なのに思考は勝手に巡り巡って、ふつふつと煮え滾るようなドス黒い感情を沸かせるのだ。
「"考えても仕方がないことは考えるな"。多岐にわたる判断の中で、そうして歩んできたというのに。蛍のこととなるとそれができない」
目を逸らすことはできても、切り離して前を向くことはできなかった。
其処に立つこの一人の女性を想うだけで、何度でも振り返ってしまうのだ。
「それを覚悟した上で、俺の想いを見て欲しい」
言葉にはせずとも、そんな自分が不甲斐なしと思っているのだろう。
口角を下げきる杏寿郎を見つめたまま、蛍は自然と張っていた肩の力を抜いた。