第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
「杏寿郎は悪くないよ。謝らないで」
「しかし…」
「だって私も気になるから。京都でも言ったでしょ? 私の知らない、過去の杏寿郎の傍にいられたらって。何度も思ったから」
「…だからと言って…怖がらせてしまうなど男として失格だ」
初めて心だけではなく、体でも繋がることのできたあの日。透かして何かに恐怖していた蛍を、自分こそは怖がらせないでいようと誓ったものを。
不甲斐ない、と再び頭を下げる杏寿郎に、蛍は膝の上で握っていたグラスをそっと傍らに置いた。
そそそ、と滑るように縁側に座ったまま移動して、ぽふりと身を預けたのは寝着の上からでもわかる筋骨隆々な体。
「それは違うなぁ」
「…む…?」
「私、杏寿郎に抱いてもらっている時、一度も怖いって思ったことないもん」
「…………そうなのか?」
「そうだよ。何、その間」
頭を上げてぽかんと見てくる杏寿郎に、可笑しそうに笑う。
ようやく目が合ったと、蛍は並び寄り添ったまま、掌を下から掬うようにして自身の手と重ね合わせた。
「言ったでしょ。杏寿郎のことは怖くないよって。初めて触れてもらった時から、そう。沢山どきどきはくれるけど、全部心地良くて、熱くて、気持ちのいいものだから。嫌な思いなんてしたことないよ」
重なり合えば、まるで別のものにも思える。
すっぽりと自分の掌を覆ってしまう程大きく、無骨で、太い。
鬼の頸など一瞬で斬り捨ててしまえる掌だ。
しかしその手が艶やかな空気と共に蛍に与えてくるのは、いつも心と体を熱くさせるものだった。
「では、あの時…」
「怖がってないよ。驚きは、したけど。…ごめんね。私も曖昧な態度を取ってしまったから、杏寿郎を不安にさせたんだよね…?」
「それは…強ちそうでもないとは、言えないが…ならばあれは俺の早合点だったのだな」
「……」
「蛍?」
ほっとした笑顔を浮かべる杏寿郎に、そうだよと頷くのは簡単だ。
しかし、ちゃんと話そうと声をかけた身。
それに応えてくれた杏寿郎に、安易な嘘はつきたくないと思った。
「そう、でもないけど…」
「ほう?」
ばきんっ
びしり。と笑顔を固まらせた杏寿郎の、繋いだ手とは反対で握られていた猪口が脆くも砕け散る。