第20章 きみにより 思ひならひぬ 世の中の
二人を照らす明かりは、空に昇った月ひとつ。
雲の薄い空から落ちてくる明かりは、金獅子のような杏寿郎の髪を冴えた色で浮かび上がらせる。
縁側に並んで二人。
槇寿郎と向き合った時とは違い、気兼ねなく縁の下に足を伸ばす。
灯りはない。
それでも互いの顔はよく見えた。
「して、父上とはどんな話をしたんだ?」
「色んな話をしたよ。杏寿郎のことや、千寿郎くんのこと。瑠火さんのことも、少し話してくれた」
「父上が母のことを…」
「聞きたい?」
「うむ。話をしようと言ってくれただろう? 後でまた」
肌を火照らし味合う酒は、互いの手に持つ杯にまだ残っている。
つき合う時間はまだあると促す杏寿郎に、蛍は考えあぐねた。
槇寿郎との話も大事なものだ。
しかし先に謝っておかねばならないことがある。
「…ごめんね。外に出ようって誘ってくれたのに。私の都合で、色々と変えてしまって」
「いや…寧ろ千寿郎のことに気付いてくれて礼を言いたいくらいだ。あの子にはいつも寂しい思いをさせているというのに、兄としての自覚が足りなかった」
「そんなことないよ。杏寿郎は、千寿郎くんの前ではずっとお兄さんの顔だった。この家に来てから、初めて見た顔」
「そうか?」
「うん。私、好きだよ。お兄さんの顔をしてる、杏寿郎」
蛍に向ける瞳と似ているようで、少し違う。
家族への愛情を込めた瞳は、蛍の知らない慈しみに満ちていた。
「勿論そうじゃない時の顔も。ね」
寛ぎ落ち着いた様子で笑いかける蛍に、今度は杏寿郎が考えあぐねる番だった。
「…蛍」
「ん?」
「部屋でのこと…俺も悪かった。手を出したのは俺だというのに、目先より君の過去ばかりに目が向いてしまった。見るべきものは目の前にあったというのに」
両膝の頭に両手をかけ、深く頭を下げる。
杏寿郎の顔には、先程までの清々しさはない。
見るべきは、触れるべき心は、すぐ手の届く目の前にあったというのに。
自分の知らない蛍の体の奥底を、知らない男が暴いたのだと気付いた時どうしようもない妬みが溢れたのだ。