第19章 徒花と羊の歩み✔
「そういえばさっき、なんで槇寿郎さんのお酒を見て喜んでたの?」
明確な言葉にしなかったものの、杏寿郎が槇寿郎の酒壺に喜んでいたのは一目でわかった。
ふと問いかける蛍に、杏寿郎の目線が手元の猪口に落ちる。
「あれは、俺が父上に差し上げた祝酒だったんだ」
「あの、九州のお酒って言ってた? あれ祝酒だったの?」
「うむ。偶々見つけたものだが。蛍を会わせる気ではあったし、二人の将来のことを伝えられるなら、形にするのが一番かと」
「…準備がいいね」
「せっかちだとは、よく言われる」
しげしげと目を丸くして見てくる蛍に、やんわりと苦笑を一つ。
急ぎ過ぎる性格だとは、幼少期からよく言われてきたものだ。
その性格が功を奏してか、鬼殺隊では素早い判断力を持てるようになったのだが。
「偶々他の酒がなかっただけかもしれないが、それを手にしてくれたことが嬉しくてな。欲を言えば俺も共に杯を交わしたかったのだが…残念だ」
「酒を控えるよう言い過ぎた結果なのかもしれないな」と零す杏寿郎には、覇気が見受けられない。
どことなく寂しそうに呟く杏寿郎の横顔を見つめていた蛍は、不意にその手首を掴んだ。
「はい。座って」
「む?」
「これね、槇寿郎さんが飲んでいたワインなの。そっちは私が飲んでいた祝酒」
「父上が洋酒を?」
「交換しただけなんだけど。最初は、その祝酒を飲んでたよ」
手首を握ったままその場に座る蛍に、つられて杏寿郎も座り込む。
零さないようにと傾けたワイングラスを、蛍はかちりと杏寿郎の猪口に合わせた。
「槇寿郎さんが味わっていたものを、こうすれば一緒に味わえるから。…こじつけだけど」
最後の言葉は萎み気味に。ばつが悪そうに笑う蛍に、しかし杏寿郎の反応は違った。
まじまじと蛍の行為を見つめた瞳が、やがては優しい色を帯びる。