第19章 徒花と羊の歩み✔
「俺は洋酒より和酒の方が慣れていますので、父上と同じものを…これは!」
「え? 何?」
父親折り紙付きの有言実行者。
早速とその場に座して、蛍が置いていた飲みかけの猪口を手にする。
傍らに置かれていた酒壺に手を伸ばした途端、更に杏寿郎の目は輝きに満ちた。
きらきらと眩い笑顔で見つめる先は、梅干しを五十は口に詰めたかのように顔を渋める槇寿郎だ。
「父う」
「お前の所為で酔いが醒めた、俺はもう寝るッ」
「あっ」
「ですが父上!」
「煩いッ夜中に叫ぶなッ」
ようやく満面の笑顔から絞り出した杏寿郎の声は、即座に遮られた。
引っ手繰るように酒壺を手にすると、槇寿郎はすくりと立ち上がり背を向ける。
「あ、あのっ槇寿郎さん」
大股で荒々しく去ろうとした足を止めたのは、後を追うように立ち上がった蛍だった。
「その、すぐに答えは出せませんが…考えて、みます」
「……」
「もし、その願いを私なりに、飲み込めた時は…どうぞ、宜しくお願いします」
深々と頭を下げる蛍に、槇寿郎の顔は振り返らない。
「…考えるなら、其処にいる煩い馬鹿者もだ。蛍さん一人で抱えることじゃない」
「!…はい」
ただ、ぼそりと告げたその声は低くも、冷たいものではなかった。
そのまま空き部屋を通り屋敷の中へと戻っていく槇寿郎に蛍は今一度、深く頭を下げて見送った。
「…馬鹿者と言われてしまった…」
「槇寿郎さんの言うことは正しいよ。ご近所迷惑になるからね」
「ううむ…」
「それより千寿郎くんは?」
「千寿郎なら疲れて眠りに落ちた。今は俺の部屋で寝ている」
「そっか。楽しい時間は過ごせたみたい?」
残された縁側に二人。
屋敷の大黒柱が姿を消せば、空気も変わる。
振り返り尋ねる蛍に、杏寿郎は先程の満面の笑みとは違う表情で笑った。