第19章 徒花と羊の歩み✔
「…少し、理解はできた」
「?」
「杏寿郎が貴女を伴侶と望んだ心が」
「…まだ、私は伴侶と認められた訳では…」
「あいつの目は、もう迎え入れていた。蛍さんと共に歩む覚悟をした者の目だ」
静かに、音もなく息をつく。
握っていたワイングラスを床に置くと、槇寿郎はその手を膝の上で揃えた。
「蛍さん」
「…はい」
「先にも言ったが、息子は強く心に決めたことは有言実行する。私でも止められんだろう」
「……」
「ならば…一つ、お願いしてもよろしいだろうか」
「お願い、ですか?」
問いかける蛍に、槇寿郎は深く、一度だけ頷いた。
「貴女を、家族として受け入れるならば。頼みたいことがある」
「──!」
槇寿郎の言葉に、食い入るように蛍の目が向く。
「わ…私に、できることがあるなら」
初めて認められたような気がした。
その願いを受ければ、家族としての契を交わすことができるのか。
再び頭を下げる蛍に、槇寿郎は開いた口を、一度閉じた。
迷いを見せるような呼吸を零して。
「──子を、産まないで欲しい」
低く静かに告げた声は、蛍の周りの空気を止めた。
「いや…子を産むことには反対などしない。だが、炎の呼吸の継承者を出して欲しくないんだ」
「……」
「我が家系は代々炎の呼吸を継いできた。水の呼吸に比べて炎は会得が難しく、見ての通り現継子は貴女一人。門下生もいない。だからこそ我が子に呼吸を伝授することが必然だと、頑なに守り続けてきた」
「……」
「その仕来りを…私の代で終わらせたい」
「……」
「もし跡継ぎができたとしても、その子に私や杏寿郎と同じ道を強いることは──」
淡々と続ける槇寿郎の声が、どこか遠くに聞こえるようだった。
見開いた目で見つめる先にある、槇寿郎の姿が明確に掴み切れない。
「──…」
相槌を打つことも何もできずに、ただただ顔を上げて前を向いていた蛍に。
「どうか、聞いてもらえないだろ…う、か…?」
事を告げ終えようとした槇寿郎の顔が固まった。
──ぽたり、
丸く見開いた瞳の縁から、溢れるように。
肌を滑り落ちたのは涙。